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喫茶店百景-うちの場合-

 昨夜ねむるときにレモンのことを考えていたら、連想的にレモンスカッシュのことが思いだされた。喫茶店のメニューの、レモンスカッシュ。そうしたら今度は、このごろ喫茶店マガジンの記事を書いていないことをおもって、何か書いてみたくなった。

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 両親がやっていた喫茶店は、自家焙煎珈琲が売りものだった。もちろんその他にも、軽食やデザート(というほどでもないけれど「スイーツ」は違う)などといった、いくつかのメニューがあった。子ども時代に、多くの時間を店で過ごした私は、両親たちがお客の注文に応じて飲み物や軽食を作るさまをしょっちゅう眺めていた。
 だから私が「レモンスカッシュのことを思いだす」ときというのは、父や母の作る姿といっしょになって、頭のなかにイメージがわくことになる。そういうわけで、今日はそんなイメージのなかの喫茶店メニューから、いくつか書き出してみようとおもった。

 レモンを半分にわって、絞り器をつかって果汁をとる。脚つきで背が高いグラスに透明のシロップを4センチくらい注いで、続いて種を除いた果汁も入れてバー・スプーンでステアする。グラスに氷を足して、炭酸水を注いで、もう一度、こんどは上下にステアしてから味見をする。甘みが足りなければシロップを足すし、ごく小さな種などが残っていれば取り除くなどして、グラスを拭いてレモンスライスで飾り、シロップを添えストローといっしょにテーブルに出す。店のレモンスカッシュは、だいたいこんなふうだった。

 レモンスカッシュやアイスコーヒーに使うシロップは、店で作る。ミルクパンくらいの小鍋に、グラニュー糖と水を同量入れて溶かしておく。鍋を火にかけて、溶かしながらゆっくり混ぜる。混ぜるのにはこのときもバースプーンを使っていたとおもう。できあがったら(すぐできる)そのまま冷まして、ビンに注いで常備する。
 白いグラニュー糖の粒が溶けてなくなって、透明の液体のなかに透明のマーブル模様がゆらゆらする様子を眺めるのはすきだった。
 店で使う砂糖類は、グラニュー糖の他にふつうの白砂糖、コーヒーシュガーという小石みたいなざらざらの琥珀糖に、角砂糖もあった。ときどきブラウンシュガーもあって、それでシロップを作るとアンバーカラーのシロップになる。色付きのシロップは、レモンスカッシュには使えないからアイスコーヒーやアイスティーのときに出すことになる。

 夏場はミルクセーキがよく出た。注文が入ると、卵をわって卵黄をボウルに落として砂糖、ミルクにバニラエッセンスを加えて泡だて器で撹拌したところに、かき氷機でかいた氷を入れる。店のやりかたでは、ボウルを手に持って、氷の出口でそのまま受ける。ちょうどいい量の氷がボウルに入ったところで機械をとめて、そのまま泡だて器でがしがしとまんべんなく混ぜていく。味をみて、よければグラスに盛る。ミルクセーキには、やはり脚つきのグラスか、細長いタンブラーを使う場合もあったとおもう。ボウルに少し残れば、お冷などの小さなグラスに入れて、おやつにしてくれた。
 仕上げにはチェリーをのせて、ロングスプーンとストローといっしょに出す。

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 淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、コーヒーの上にホイップした生クリームをのせるのはウィンナー・コーヒーと呼んだ。コーヒーはホイップクリームに負けないよう、味わいが強めの豆で淹れる。ふつうのコーヒーで使うよりも、ぽってりと分厚いカプチーノカップで提供する。白磁にゴールドのラインが入った、品のいいカプチーノカップだった。

 ウィンナー・コーヒー以外にも、パフェやケーキ、フルーツサンドにはホイップクリームが必要なメニューがあった。ホイップは、手動でやっていた。
 甘みをつけないときは、直径15センチくらいの寸胴でステンレス製の容器に、ミニ泡だて器でやる。蓋がある容器で、ホイップができたら冷蔵庫で保管する。
 ミルクレープやフルーツサンドに使う甘いホイップを作るんだったら、大きな泡だて器でボウルにいっぱい。ステンレス同士がたてるカシャカシャとしたリズミカルな音とともに、液体だったクリームがむちむちの泡に変化していく様子をよく眺めた。母は腕が疲れるといいながら、ついに電動泡だて器を使う(買う)ことはなかった。
 時代の途中、UCCなどといった飲食店向けの商品のなかに、フローズンホイップが出た。絞り袋に入った状態で、解凍・開封したらすぐに使える手軽な商品。いまの製品はそのときより上等になっているかもしれないけれど、当時のそれは質感がぼそっとして滑らかじゃなく、見た目どおり舌触りもよくなかった。母や父がたてるつやつやのホイップクリームのほうが、見た目も味もよかった。

コーヒーゼリーもよく作ったし、よく売れた。アイスコーヒーと同じくらいの濃さで抽出したコーヒー液に、水でふやかしたゼラチンを適量加えてよく混ぜる。脚の低いデザートグラスの、ふちから1.5センチくらいのところまでゼリー液を注ぎ冷ましておいて、熱がとれたらラップでグラスの口を覆って冷蔵庫で保管する。うちではゼリーに甘みはつけず、注文が入ってからコーヒーフレッシュかホイップクリームをのせてシロップを添えて出した。ここらへんは記憶があやふやで、コーヒーフレッシュのこともあったし、ホイップクリームをのせていたこともあった、そんな記憶がある。
 グラスに小分けされたコーヒーゼリーが並ぶさまは、かわいくてすきだった。私の子ども時代の店のコーヒーゼリーはこんなふうだったけれど、曖昧な記憶のなかにはさらに、父の気まぐれでバニラアイスをのせることもあったような気がする。ミントの葉があれば、ホイップ(またはバニラアイスの)の天辺に飾る。

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 他にも思いついたものをいくつか書くつもりだったけれど、あまり書きすぎてもとおもいなおした。
 コーヒーゼリーを作りたくなった。

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今日の「色」:今日はすごく荒れた天気で、暴風雨になる瞬間が何度かあったんですよ。夕方、静かになったころに海をみたら、ミルクティーみたいな色になっていました。インドの川ってあんな色なのかな。

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