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フランス人のピエールさん

 5か月ぶりに下五島にきているのだけれど、今夜は先日の外海でのことを書きたい。

 私の日常は、港のそばにある事務所でのこまごました作業とか、銀行に行くなどの近所まわり、そしてときどきは離れた場所まで御用聞きに行くという、そんなふうである。自分の業務においてはほとんど自分でコントロールしているから、指図をされたり、誰かと協力して業務をこなすとかいうのは少ない。つまりひとりでぼつぼつと仕事をしてばかりいる。
 それで、その御用聞きの先は、観光に来たひとたちを受け入れる側の業務であることが多く、よく行く外海もそういった場所のひとつなのだった。

 先週、ちょっと突発的なできごとで外海に行くことになった。その日の当番は、いつもお世話になっているTKさんだった。
 午後に着いたんだけれど、TKさんが自宅に忘れ物をし、とりに戻っている間、留守番をしていた。2、30分といったところか。場所は、教会堂である。
 その日はまたすごく暑かった。下駄箱の隅の、風の通る場所で待機していると、フランス人男性(東京在住)がやってきた。

 こんにちは、と言って簡単な受付と、あいさつ代わりにちょっと話しかけてみた。返事は、流暢な日本語だった(ほっ)。中に入る前に靴を脱いでもらうことと、あとはもうゆっくりお過ごしくださいと言ってまた下駄箱の隅に座って待った。
 日本人男性がやってきた。教会にも駐車場があるのだけれど、この人は市の施設に車を停めて歩いてきたみたいだ。この暑いのに歩いてきて気の毒だな、とおもいつつ、同じように案内をした。
 それぞれ、自分のタイミングで教会堂から出てきて、またちょこちょこっと雑談をしてみる。どこから来られたかとか、これからの予定とか、それにしても暑いですねとか、そういう他愛のないこと。
 フランス人男性は、前の日は天草から島原を経て、長崎に来たのだと言った。これから大野教会に行くというので、この暑いのに申し訳ないけれど駐車場から5分ほど階段をあがらなければいけないことを伝えた。汗を流しながら、そうですかと愛想のいい笑顔を残して去っていった。
 日本人男性の方は、やはり関東からで、もの静かに建物の周辺までゆっくりと見て回っていた。丁寧にあいさつをして去っていった。

 たまにこういうふうに、どこかからやってきた人とちょっとだけ言葉を交わすのもいいものだ。毎日はできないけれど、まさに「他人の靴に足を入れる(Put Yourself in My Shoes)」というのか、学生時代によその学校の制服を着て他校生徒のふりをした感じを思いだす。
 とくに外海では、ある種の印象的な、ふしぎな雰囲気をまとったひとり旅ふうの人によく出合う。森の中で会ったときなんか、物語のまぼろしでも見たような感覚にもなったりする。

 そうしていると、TKさんが戻ってきた。また別のお客さんもきた。

 お互いに相手が誰だか知りもせず、でも少しだけ会話を交わして、ほんの少しのあいだだけ記憶にとどまる人との出合いというのも、考えてみるとなかなかおもしろい(たまにでいいけど)。

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