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[連載短編小説]『ドァーター』「最終章:許してほしかった」

※この作品は最終章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひ読んでください!『ドァーター』のマガジンリンクはこちらです↓((一章ずつが短く、読みやすくしてあります👌

_________登場人物紹介_________

茎崎二十二くきざきにそじ……連載小説「ドァーター」の主人公。
茎崎乙枝くきざきおとえ……二十二の実の娘。茎崎家の長女。
茎崎巴枝くきざきともえ……二十二の実の娘。茎崎家の末っ子。
茎崎鏡花くきざききょうか……二十二の妻。

◼︎□葉◉◎かずは……自称二十二の遠い親戚。

_________本編_________

最終章 許してほしかった

 月も星空も隠れてしまう夜だった。街灯が雨模様の白線を照らしていた。

「これが、私の子供時代だよ」一葉の瞳には影がかかっている。彼女は自分の過去を全て話してくれた。

「私は国の大臣のもとで育てられた。その大臣は地位の低いところにいたらしく、自分よりもっと地位の高い人に嫁がせ、高い地位を得ようとしていたの」一葉はゆっくりと暗闇を進みながら話した。「鏡花さんを殺したウイルスもその大臣が指示して作らせたもの。私も開発を手伝ったわ、永遠に感じるほど長く」

「18歳になった頃は、たくさんの人を殺した。汚い仕事をなん度も繰り返してた。でもね、私に大きな変化があった頃でもある。私は外に出ることがやっと許された」

「そのきっかけは、二十二に会ったことが大きい。二十二の存在を知った私はすぐに会いに行った。鏡花さんの夫だったと聞いていたから」

「私は二十二を見て、どうしてか、自分と似ているところを感じた。次第に二十二に惹かれるようになって、私は大臣をうまく言いくるめ、追い詰めることに成功した。二十二を思うと、不思議と力が湧いてくるようだった」

「そして二十二に存在を知ってもらうために、たくさんのことをしたわ」

「……お前たちがあの妻を失った事件の意図をひいていたと言うことか……」 「その大臣というのは鏡花の父親か?」僕は花壇の前で歩みを止めた。腕を前で組んで、花壇の石レンガに腰を落とした。
「その通りよ」想像通りだった。あんな出来すぎた事件はない。きっと誰かがウイルスを意図的に操作し、解毒薬を運搬させないようにした。それができるのは、少なからず地位の高い人物のはずだ。
 
「……質問してもいいか」そう僕は聞くと、一葉は首を縦に振った「なぜ娘たちに手を出した。あの時いっていたように、巴枝たちが憎かったのか?」僕は一葉の目を見て言った。すると、一葉は目を逸らして、自分の左耳たぶを引っ張る。僕はその仕草が変な癖だなと思った。

「そんなんじゃないわよ」すると一葉は不敵な笑みを浮かべ言った。「ただ、あなたの心をぐちゃぐちゃにして、壊れた心に寄り添えば好きになってくれると思っただけ」

「そうか……」

 一葉の話はあまりに衝撃的だった。だから僕の体は100日分の疲れがのしかかっているように感じた。今日は一葉を仕方なく家に泊めて、深く眠ることにした。
 僕はその次の日にとんでもない事実を知り得ることとなる。

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「ねえ、二十二」一葉は恐ろしく冷えた声で言った。「二十二は私がどうして大臣に育てられたか知ってる?」次の日の朝食に一葉は話しかけてきた。朝食は一葉の冷えてしまった声と違って、至極暖かかった。「……なぜだ?」僕はそう聞き返すと、一葉は淡々と語り始めた。

「単刀直入にいうと、私は鏡花の娘なの。でも、二十二はパパじゃない。別の男の元で私は生まれた」僕はその衝撃の事実を知って驚きを隠せなかった。その一葉の告白に唖然とした。

「いったい、どういうことだ……」

「ママはずっと私を隠し続けてきた。二十二を愛していたからね、流石にバツイチはまずいと思ったんじゃない?それに嫌嫌、私を産んだみたいだし。だから私の存在はママから完全に消されてた」

「……つまり、一葉は鏡花の異父違いの娘」

「そうよ」

「……」僕は少なからずこの犯罪者に同情していた。

 すると、一葉は目を見開いて言った。

「同情なんていらないよ、私にはあっちゃいけないものだから」その視線が枯れた花びらのように落ちた。

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「やっと、僕が追い求めてきたものが見つかった。巴枝を撃った犯人をずっと許せなかった」僕は頭を抱え、やるせない気持ちを打ち明けた。「でも、だけど、今は恨む気持ちがどうして湧かない。一葉が言うように、僕と似ているからだろうか。僕は一葉を攻めることができない」

「なあ、一葉、全ては、僕が間違えたからこうなったのかな」

「さあ、どうかな……でも、二十二だけが間違っていたと、片付けるのは間違ってるわ」

「僕を騙そうとしてるのか?」僕は一葉の瞳に視線を送った。一葉は未だ視線を落としたままだ。「一葉らしくないじゃないか」

「もう騙したりしないよ。あなたを手に入れるのは、諦められないけど諦めるつもりだから」

「そうか」僕はまだ一葉を信用できないでいた。

「あーあ……」僕は手を大きく広げ、長いため息をついた。心は常に針が刺さっているようだった。「行き着いた先がこんなのって、これからどうしたらいいんだ」

「正直僕は一葉を悪としておしまいにするのは嫌だよ」満月を見て言った。「その大臣ってやつは?」僕は広げた腕を頭の後ろに回して組んだ。

「あいつは、小動物みたいに怯えながら自害したよ」一葉の震える喉は抑えようと必死になっているが、怒りを確かに伝えていた。

「そうか……」組んだ手を下ろし、どっちつかず、また自分の手を頭の後ろに回した。やるせない思いが肺に詰まる。

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「どうしてあの時、僕の心にとどめを刺さなかったんだ?」

「不可能だって気がついたからだよ」一葉はストローを唇の隙間に通した。オレンジ色の照明が僕たちの囲むテーブルを明るく色付ける。「君の意思は私の想像以上だった。誰かを守りたいって気持ちは私が二十二を思う気持ちを遥かに上回ってたの。『そんなの勝てっこない』ってすぐに思い知らされたよ」

 僕が街の人々から信用を失い、うつ手が本当になくなってしまった時に、一葉がタイミングよく僕の前に現れて、解毒薬の服用を手伝ってくれたことを思い出した。あれは、きっと一葉が負けを認めたからやってきてくれたのだろう。

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「なあ、一葉はこれからどうするんだ?」

「前言ったでしょ、二十二とはもう関われない。だから、諦めるの」氷のような風が首元をさすり、寒さが身に染みた。一葉の前には川があって、僕たちは茶色の上にふっくらと上がった橋の上に立って、一葉は永遠のように続くまっすぐな川の先をみていた。石のレンガでできた手すりに細い指を乗せていて、金色の髪がなびいていた。

「……おい、まさか」川の水位はさほど深くない、それにここから落ちて死ねるほど高くもなかった。しかし、水のスピードは男の足を奪い取れるほどの勢いが十分にあった。

「ごめんね。私は最後まで『最低な人間』として終わりたいの。永遠に全世界で私はそう残り続ける」一葉は寂しく笑った。僕が一番よく知っている寂しい顔だ。罪を背負い、罪悪感に蝕まれる者の顔だった。「やめろ」僕は眉間にシワを寄せ、鋭く睨み言った。

「私が負けを認めた時から決めていたことだから、私の罪はこんな償いじゃないと許してもらえない」

「バイバイ」彼女は格好良く笑った。

「やめろ、今すぐそこから離れろ」しかし一葉は止まらない。手すりに腰を落とし、一葉は冷たい静寂に寝転んだ。僕の手は彼女の白い腕を擦り、すり抜けていく。「やめろおおお!」落下した刹那、光が橋の下の暗黒を切り裂いた。耳を劈くほどの音が一葉にぶつかり、彼女の体が吹っ飛んだ。

 目の前が真っ暗になって、「か」と言葉だけが漏れた。のちに警察がやってきて、救急車がやってきて、でも、僕の耳にはずっと静寂が広がっていた。頭の中は空っぽだった。口の中のてっぺんがスーとする。理性は働いていたが、感情は消し飛んでいる感じだった。

 死んじゃだめだよ。そんな死に方で死んじゃだめだよ。その死に方はあまりにも酷だ。橋の下にいた一葉を撃ったやつはすぐに捕まった。一葉の仲間の一人だったらしい、一葉が命令して殺させたのだろう。警察に事情聴取される中、発覚した。僕が、家に帰る頃は日の出が始まっていた。太陽から逃げるように雲が晴れていき、街に日を落とし込んだ。

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 玄関の鍵を開けて、靴を揃え、リビングに向かった。すると、手紙がダイニングテーブルに置いてあるのを見つけた。僕はすかさず手紙を開けた。不気味なほど丁寧な文字で彼女の言葉は閉じ込められていた。

「ごめんなさい」そう最初の行に書かれていた。「私は二十二にまだ隠していることがある。これはきっと私の口から直接話すことはできないと思う。だから、この手紙を残すことにしたの。直接話せなくて本当にごめん」
 まだ、隠していたのか……とは、あまり思わなかった。

「二十二が私に『なぜ娘たちに手を出した』って聞いてきたことがあったよね。私は『二十二の心を壊すため』って言ったけど、本当は嘘なんだ」手紙には何度も書き直したような跡があった。「本当は二十二の行った通り……そう嫉妬だった。幸せそうに本当の親のもとで成長している二人が許せなかったの。自分で乙枝たちを二十二の元に連れてきたくせに最低だと思わない?でも始めは巴枝を殺すつもりはなかったの。言い訳よね」

「私はあの時嘘をついた。こんな嘘しかつけなかった。これ以上、二十二に嫌われたくなかったから、嫌われるための嘘がつけなかった。結局、この嘘もバラしちゃったけどね。最後に嫌われたまま死ねなくてごめん。乙枝をどうかよろしく。一葉より」僕は手紙を綺麗に折りたたみ、テーブルの上にそっと置き戻した。

「ああ、そうか」僕の震える喉の掠れた声が言った。「僕は彼女を変えたんだ。僕の人生にはちゃんと意味があったんだ」

******************************

「ありがとう!」

「え――」僕は漠然としていた。次の日、家を出て街を歩いていると、たくさんの街人に声をかけられた。

「一葉を倒してくれてれてありがとう!」

「ああ、お前はすごいよ!」

「あの時は解毒薬届けてくれたのに、化け物扱いしてしまって本当にごめんなさい!」

「いや、僕は……何も」

「胸張りな、坊や」

「いや大したもんだよ、あの一葉を一人でやっつけちまうなんてな!」

「え、あの一葉を?僕がやっつけたのか……?」

 まだ実感が湧かない。

 僕は一度でも、自分の罪を自ら忘れた。なのに僕は今、みんなに罪を許してもらえている。

「お前の必死な行動で気付かされたよ!お前は優しいやつなんだってな!」

「本当によくやったよ!」

「自信を持ちな!今はお前を恨んでる奴なんて一人もいねーよ!」

 そうか……!自分を許すことに意味があったんだ……!相手を愛すること、相手を許すこと、自分を生かすこと、全て、自分を許さないと不可能なことだった……!そうだ、僕は自分を許せたから、自分を許せなかった一葉に勝ったんだ!

「ありがとう!」幸せが溢れ出て、涙がこぼれ落ちた。やっと終わった、やったんだ。鏡花……終わったよぉ。僕は、もう許されていいよな。

「はい……!」彼女は満遍の笑みを浮かべているようだった。その瞳には涙を浮かべている。「二十二、ずっと私はあなたに許されたかった。だからあなたを許します……!」

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「一葉……少なくともあいつは辛くない死が出来たのかな」

「どうしたんですか?」

 乙枝が草原で寝転んでいる僕の顔をのぞいた。

「あーごめんごめん、ただの独り言だよ」

「一葉さんのことですか?」

「うん……そうだよ。そうだけど、やっぱり思い出せないんだな」

「はい……、すみません」乙枝はそう言うと僕は眉間にシワを寄せた。「いや、謝ることじゃないよ。それに、もしかしたら、思い出さなくてもいいことなのかもな」

「え――?」

「乙枝は自分のやりたいことを好きなようにすればいいんだよ。そのためならパパが全力で手伝うから」

「ありがとうございます……でも、やりたいことなんて」

「いいんだ、やりたいことは、そのうち必ずやってくる。そのうちお前にも守りたいものができるよ。守るものができたら、何があっても全力でその人を守るんだ」

「……はい!」
 自分を愛していて、笑うことを許せている。

 END

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読んでくれてありがとうございます!!

ついに最終章執筆を終えました!

まだ至らないところだらけですが、これからもどうぞよろしくお願いします!🙇

明日からは通常通り、掌編小説を投稿します。

それでは、また明日👋

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