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タッチポイントを理解する

イノベーションをマネジメントする上で、最も重要だと思われる概念の一つがタッチポイントです。ここでは、主にアイデアを醸成する段階に着目し、タッチポイントとはどんなもので、どのように考えればよいのかについて簡単に纏めてみます。

タッチポイントとは

タッチポイントを簡潔に説明すると「事業と顧客の接点」です。多くの人々が具体的に想像できるであろう例として、水道事業や電力事業のような生活インフラ事業を挙げて説明してみます。これらの事業におけるタッチポイントは何でしょうか?それは、毎月あるいは隔月など定期的に送られてくる請求書や、年に一回など忘れた頃にやってくる点検の作業者です。このように、タッチポイントは物であることもあれば、人であることもあります。タッチポイントに接した時、人々は「うわ、先月はちょっと使いすぎたな。こんなに払わなきゃいけないの?困ったな…。」など様々な感情を抱きます。タッチポイントがなぜ重要かというと、多くの人々は、日常において自分たちの目に見えない、事業の背後にある様々な仕組みを意識することはほとんどないからです。日常においては、何も意識しなくとも蛇口をひねれば水が出てくるし、スイッチをオンにすれば明かりが付きます。その背後にある様々な仕組みを意識するのは、自然災害で供給が絶たれるなど、非日常においてのみです。このように、タッチポイントとは、物であることもあれば人であることもあり、多くの顧客は日常において意識することがほとんどない、事業との接点です。

他の例についても考えてみましょう。オンラインショッピングにおける重要なタッチポイントはWebサイトやスマートフォンアプリです。例えば、Amazonや楽天などのサービスを利用する利用者は、Webサイトやスマートフォンアプリで購入する商品を決め、注文します。その後、指定した配送先に商品が配送されるまでの過程においては、実に多くの人々が関わり、陸路や空路でリレー式で輸送されて、初めて手元に届きます。しかしながら、物流業界で仕事をしている人でもない限り、ほとんど意識することはないでしょう。手元に物が届いた時、サービスの利用者が接するのは、(対面での受け取りであれば)最終的に荷物を届けてくれた宅配業者の配達員、商品が梱包された箱、その中に入っているチラシ、目的の商品などです。この例でも、それぞれのサービスについて、タッチポイント以外の部分を利用者が意識することはほとんどありません。実際には、注文から配送までを確実かつ短時間で実現するため、非常に高度な仕組みがあり、多くの人々や技術が関わっているのですが、これらが一般の人々に意識されるのは新型コロナウイルス感染症の世界的大流行や自然災害など、非日常においてのみです。

新たな事業を構想しようとする人々は、真剣に取り組めば取り組むほど、送り手側の立場で考えてしまいがちです。例えば、あなたが「ターゲット」(標的)というマーケティング用語を日常的に用いているのであれば、あなたは送り手側の立場で考えていることになります。付加価値の高いプロダクト(製品やサービス)をつくり、そのプロダクトに対価を支払ってくれるであろうと想定した人々に対して、広告などの手法で認知してもらうことこそが最重要だと思っているかもしれません。勿論、送り手側の視点で考えることは非常に重要です。どんなものを、どのように提供するかを考え抜くことなく事業は成立しません。一方で、受け手側の視点も同様に重要です。これまでに説明してきたように、顧客や利用者など、ほとんどの受け手はあなたのプロダクトの背後にある、あなたの事業の仕組みを理解していません。送り手側の立場にある人々が、受け手側の立場にある人々の視点で見られるようにするにはどうすればいいだろうか?という課題に対する答えが、タッチポイントを考えることです。

タッチポイントをスケッチする

タッチポイントを考えるための手法として、私がよく紹介しているのが「アイデアスケッチ」です。アイデアスケッチとは、頭の中に浮かんだアイデアを、簡単なガイドラインに沿ってペンで紙にスケッチとして描くことで取り出し、グループの中で共有しながら議論することを通じて、アイデアと同時に何とかそれを実現したいと思う人々のチームを醸成する手法です。

アイデアスケッチにおいて、「自分のアイデアは形のある製品ではなく、形のないサービスです。その場合には何を描けばいいですか?」といった質問を受けることがよくあります。そうした質問をしてくる人の多くは、Webサービスや物流サービスの仕組みを説明しようとしたり、自分が推進しようと考えている事業の概念をベン図で示そうとしがちです。そうした場面において「タッチポイントを描いてください」と話すと、大抵の場合は困惑されます。そんな時に説明するのが、最初に説明したようないくつかの例です。「自分が考えている事業と顧客の接点は何だろうか?」と自分自身に問いかければ、自ずと答えは出てくるのではないでしょうか。例えば、食品のサブスクリプションサービスを自社の新規事業として考えているのであれば、利用者との接点は、Webサイト、SNSなどでの広告、商品を届ける際の梱包箱、梱包箱の中に同梱するチラシ、などになります。この中でどれか一つを取り上げても、様々なアイデアが浮かんでくるでしょう。ゼロから考える必要はありません。多くの人々は、企業の中にいると送り手側になりますが、企業から一歩外に出た瞬間に受け手側になります。例えば、自動車部品メーカーで働く人々は、その企業の中にいる限りは、次の顧客に部品を提供する送り手です。しかしながら、一歩外に出てコンビニに行けば、様々な製品を販売しサービスを提供するコンビニの視点から見れば受け手になります。ほとんどの人々は、送り手側と受け手側、両方の立場を日常において行き来しており、十分な経験を持っているのです。受け手側としての自分の経験を踏まえ、その中で魅力的だと感じた接点を思い出し、今考えている事業に沿ってアレンジすれば、次々とアイデアが浮かんでくるのではないでしょうか。そうしたアイデアを思いつく限りスケッチとして描き、自分の頭の中から取りだしていけばいいのです。

スケッチの手法は紙とペンに限りません。アイデアスケッチで紙の上にペンでスケッチするのと同様に、フィジカル(物理的・身体的)にスケッチする「フィジカルスケッチ」も、アイデアを発展させる手法としてよく用いています。フィジカルスケッチの手順は実に簡単です。まず、ダンボールやコピー用紙などの身近な素材、部品、既存の製品や空間、ツールキットなどを用いて、アイデアスケッチで描いたタッチポイントを、人々が実際に見て、 触れて、感じられる物体として短時間でつくります。次に、つくったタッチポイントを用いて、お互いにそのアイデアに関係する登場人物を演じ、当初想定していたような価値が顧客や利用者を演じた人々の気持の中に生まれるかどうかを確認します。もし、そうした気持ちがお互いの中に生まれなければ、タッチポイントを破棄してやり直すのです。ここで重要なのは、安くて捨てられる材料で素早くつくることです。もし、時間をかけてしまったら、そこに対する愛着や拘り、あるいは上手く行かなかったことを認められない気持ちが生まれてしまいます。この手法の目的は検証ではなく探索ですので、あるアイデアが上手く行かないことが分かるというのも重要な成果なのです。

おわりに

今回はタッチポイントについて見てきました。タッチポイントとは「事業と顧客の接点」です。タッチポイントに着目することにより、自分たちの事業が顧客にとって本当に価値を感じてもらえるものになるだろうかという視点で見られるようになるのではないでしょうか。

参考文献

・James Gibson、小林茂、鈴木宣也、赤羽亨『アイデアスケッチ—アイデアを〈醸成〉するためのワークショップ実践ガイド』BNN新社(2017年)
・Buxton, Bill. Sketching user experiences: getting the design right and the right design. Morgan Kaufmann, 2010.
・ジェイク・ナップ、ジョン・ゼラツキー、ブレイデン・コウィッツ『SPRINT 最速仕事術——あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法』櫻井祐子(訳)、ダイヤモンド社(2017年)

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