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木と水が育む発酵の谷・木曽を訪ねて

いつからか、木曽地域へ行ってみたいと思っていた。たぶん発酵研究者・小泉武夫さんの本で塩や麹を使わない「すんき漬け」など発酵文化を知ったこと、山間の宿場町に根付く文化に興味があったからだと思う。だから「木曽の発酵と木工」をテーマとしたツアーを知ったときはすぐに申し込んで参加した。

2日にわたる旅程で巡ったのは、木工職人、酒造、水木沢天然林、お六櫛組合、漆器職人など。宿泊先ではお母さんからどくろくを、個人的に訪問した麹店のご主人からは味噌造りについても伺えた。

今回は木曽という地域と、木工と発酵をテーマに考えたことをつらつらと。簡単にまとめると、木と水によって豊かで独自性の高い発酵文化が生まれた木曽は、まだ沢山掘り下げることがある、ということ。

木曽という「谷」に根付く暮らしと文化

木曽は名古屋まで通じる木曽川や中山道という地の利の良さによって育まれてきた独自の文化があった。

そのひとつが、木を活用した工芸と工夫。(ここではあえて「産業」とはいわないでおく)例えば江戸時代に大流行したミネバリの櫛は、中山道を通る商人がこぞってお土産として買っていった。旅の邪魔にもならないし、洗髪をほとんどしない時代において櫛は髪のホコリや垢を落としてくれる、女性には必須アイテムだったからだ。さらに素材となるミネバリの木はとても硬いため、汚れが良く取れるという。 

御年90歳の職人さんによる
お六櫛ワークショップにて

木曽地域では、そんなミネバリの櫛(通称「お六櫛」)をただ売るのではなく、漆を塗って付加価値を付けてさらに売上を伸ばした。この発明は奈良井宿の商人・中村利兵衛が生み出した。こうして櫛の大流行とともに藪原地区には櫛屋が並び、今でもその文化は引き継がれている。

こうして工芸を発展させた地域がある一方で、御嶽山に近い高原地域では独自の馬である「木曽馬」が脈々と人々を守り、人々から守られてきた。今回は行けなかったので詳しく書かないけど、本州では唯一の日本の在来馬の木曽馬はとても温厚で、家族のような存在だったらしく、開田地区の家には未だに馬小屋があるという。

木曽は独自の文化を持つ小規模な町や村がゆるやかにつながっている印象だった。町の村の共通点であり、つながりの元になっているのは、「御嶽山と木曽駒ヶ岳に囲まれている」という共通点。だから木曽を表す言葉は「地域」や「エリア」ではなく、「谷」がしっくりくる気がした。(実際に、地元の人は口々に「ここは谷だから……」と言うのを耳にした)

お六櫛のお店は今もいくつか残っている

社会の流れを汲みながら独自性を貫く

木曽町の特徴として、「独自性を守りながら、社会の流れを取り入れる」ことに長けていることがあった。それは先に紹介した漆櫛だけでなく、現代にも通じるものだった。

その1つが町役場の発電システムだ。木曽町役場では、バイオマス発電で役場の電力をまかなったり、住民の薪ストーブ導入には補助金を助成したりしている。薪は間伐材を使用するので、たいていの場合はもらえる。つまり暖房費はほとんどタダだし、夏は涼しいから冷房もいらない。もちろん、新たに森を切り拓くなどは不要だ。この取り組みをSDGsなど謳わずにさらりとやっているところが良い。

その一方で、SDGs等で環境保全に取り組みたい企業を積極的に誘致し、自動車の立証実験をしたり、アウトドアメーカーとの製品開発を行ったりしていた。ただし大規模工場を建てるすることはしないし、木曽町周辺には大規模なショッピングモールもない。だから「どの地方都市に行っても同じモールと同じ店」という、地方都市あるあるには陥っていなかった。

観光の側面でも、しばらくはオーバーツーリズムの懸念はなさそうだった。というのも大型バスが入れないから、ツアー型の観光客が少ないのだ。木曽エリアで出会った外国観光客のほとんどは、欧米系でトレッキングメインの30-50代カップルや家族だった。

まとめると、時代の流れにできる範囲で対応しつつ、自分たちの価値観も大切にしている印象があった。

寒さが木曽独自の発酵文化を生み出した?

さて、ここから2つ目のテーマ(というか本題だったけど長くなってしまった……)

木曽の大きな特徴として、寒暖差が激しく冬は-15度位になる厳しい冬がある。がっつり寒い。その原因となるのが御嶽山と木曽駒ヶ岳という3000m級の山々だ。この山から流れる寒気が、実は美味しい発酵の元になっていた!

美味しい発酵食品には「良い水と適度な温度」が重要なことは割りと知られている。酒やどぶろくにおいては水が重要だし、すんきや味噌が発酵する過程では温度管理がとても重要だ。だから、御嶽山や木曽駒ヶ岳から流れてくる豊富な水を使用でき、ちゃんと冬は寒くなる木曽では美味しい発酵食品を作ることができる。(ちなみに2023年は秋でも「暑かった」ため、お酒、どぶろく、すんきなどすべての発酵過程がとても難しかったのだそう)ここでは省略するけど、お米や野菜も綺麗な水と寒暖差で美味しくなる。

そして今回、美味しい発酵に必要なもうひとつの要素を見つけた。それは「良い木」だった。木曽には木曽五木といわれる木(ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ)があり、それぞれ樽や桶に使用されてきた。

水木沢の天然林。
ここの木は、豊臣時代以降から伐採されていない

これらの木は、寒いなか御嶽山や木曽駒ヶ岳に遮られた日陰でゆっくり成長していく。時間はかかるけど、とても良質の木になるという。この良い木で桶や樽が造られ、それらは酒や味噌、すんきづくりで使われてきた。木で造られたお酒は、ステンレスやホーローとは別物の香りがある。

残念ながら木曽の酒造では木桶づくりはもう行われていなかった。でも、味噌づくりの一部や家庭での漬物づくりでは未だに木の桶や樽が使用されていることもあるという。いつかおばあちゃんから味噌やすんきづくりを学びたい…願わくば木桶で…!

しっくりきた谷間の町、木曽

なんだか木曽の良い点ばかりをあげているけど、この町にも人口減少、高齢化、若者の流出、伝統存続の危機……など地方特有の課題はたくさんある。

一部では商店も少なく、
移動式スーパーも

だけどそれ以上に、この谷でやってみたいアイデアがたくさん思いついた。たとえば…

・観光スポットではなく(上述のような)地元に根付く伝統を味わうツアーを外国人向けに展開。その際、相手の要望でテーマを決めてカスタマイズする
・ネパールやミャンマーなどアジア山岳地帯出身のアーティストや面白い人を招いて、山岳地帯の文化/食の交流ワークショップ

・上記のアイデアを観光ハイシーズンは木曽で実現し、それ以外の季節は今の仕事を続けるパラレルワーク

まだ妄想にすぎないけど、なんだか面白そうじゃないかな……

そしていつかやりたいという気持ちを持ち続けるために、今回のツアーで出会ったアーティストたちの金言を最後に。省略してしまったけどツアーでは参加者の方々と感想や感じたことを対話する時間があって、これもすんごく学びになった。特に色んな経歴や年代の人との対話って本当に貴重。

・1つの作品を見たときに「あっいいな」って心に響くものがあれば、他のダメな部分はどうでも良くなる。住む場所や仕事も同じじゃないかな

・東京の自分は時間に流されている感覚があったけど、ここだと自分で時間の過ごし方を決めている。ひとは時に、自分で時間を創ることも必要だと思う

なんだか長くなってしまった。本当は旅館のお母さんから聞いたどぶろくの話や味噌づくりについて、あとは前泊したゲストハウスのことも書きたかったけど、また次に。

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