好きなこと『をして』生きていく
今まで色々なSNSをしてきた。
感じたことを喋るように投稿するTwitter
私生活やダンスの動画を投稿するInsta
コラージュの創作過程と完成までを投稿するTikTok
最近は、自分の考えていることを言語化するnoteがお気に入り。
それらSNSには、名前はまちまちだが『いいね機能』がついていて
ボタン一つで相手に通知がいき、いいねした投稿が見れるようになっているわけだが
私は、『いいね』が欲しいわけではない。
と言うよりは、『いいね』が欲しいと思わないようにしている。
何故なら、自分の好きなことを載せるためにやっているのに
『いいね』がもらえるように投稿をするのであれば
それは私が思う本質とは外れてしまうのだ。
でも、自分の思う『いいね』を他の人が『いいね』と思ってくれることは
とても嬉しい。
だから1人でも多くの人の目にうつればと思いハッシュタグをつける。
このnoteひとつ、いいねと思ってくれる人がいるのに出会わないのかもしれない
そんなのもったいない。
これはあくまで私の考え方で、例えば
万人受けする制作物を作り、発信し
自分の制作物にたくさんの『いいね』が欲しいと言うのもとても生き生きした活動方法だと思うし
もちろん、そうしたいと思っているだけでできることではない。
反対に、自分の好きなことを好きなように発信し
それが万人受けする場合や
好きだと言ってくれるたくさんの人に運良く出会う場合だってもちろんある。
私が出会ってきた夢を追う人の大半はこのパターンを期待している人々だ。
また、スポーツ選手は実力がないとプロにはなれないのだろう。
そのような人々は、この記事とは関係がないかもしれない。
幼い頃は芸能人や有名人を見て育つ為
その人たちを見て、『好きなことで生きていきたい』と思うことが当たり前なことだと思ってしまうのではないか
と私は思っている。
私は、いつからこのような考え方になったのか、最初からこうだったのかわからないが
全く逆の考え方だ。
自分の好きなことをお金にするのは
自分だけが好きではなかなかできないと言うこと。
つまり、少なからず自分のこだわりを捨てないといけない時はやってくると思う。
もちろんSNSのいいね数も例外では無い
『いいね』を沢山取得するには、人によっては多少なりとも自分のこだわりを曲げなくてはいけないだろう。
そうしている内に、自分のやりたかったことを見失ってしまう人を数々見てきた。
そこから抜け出せた人もいれば、そのままやめてしまう人もいた。
私は、そうできる人を心から尊敬するのと同時に
自分にはできないなと、少し落ち込む。
情熱や根性がないのかなと。
でもやっぱり、考え方を曲げるつもりはない。
自分の好みを詰め込んだものをたまに発信し
何個の『いいね』がついたかよりも
『いいね』と言ってくれる人がいるということを喜びたい。
持っているお金の数、経歴の数はもちろん
フォロワー数やいいね数がステータスになるこの時代に
好きなことで生きていく
より
好きなことをして生きていこう
多くの人に見てもらえる可能性があるこの時代だからこそ、私はこう考えている。
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