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「#20 粉チーズを小皿で出される誤算」



 トマト系のパスタに粉チーズなんて、かければかけるだけ美味しい。

 イタリアの偉人がたしかこんな名言を残してはいなかっただろうか、そう思うほどトマト系のパスタと粉チーズの相性は抜群である。初めてパスタに粉チーズをかけたのは、家族でファミレスに行ってトマトパスタを頼んだ時ではないだろうか。父親に「これかけてみろ、うまいから」と言われ食べた時の衝撃を、今でも鮮明に憶えている。
 もうすでに完成されていると思っていたトマトソース美味しさが激変するのでなく、爆発的に増幅する衝撃を受けた。旨味とコクが増し、舌に染み渡っていくように深みが広がり、粉チーズが溶けることによって少しだけとろみのついたソースはより麺に絡まり、窒息させる気かと思うほどに口の中へとなだれ込んできた。

 それからトマト系のパスタを食べるときは必ず粉チーズをかけるようになり、今ではもうトマト系のパスタを美味しく食べる為に粉チーズをかけるのか、粉チーズをかけたいからトマト系のパスタを注文するのかが分からなくなってしまっている。
 パスタ屋でメニューを見ながら魚介系やクリーム系を食べようと思っている時も、卓上の粉チーズをずっと見ていたらトマト系のパスタが食べたくなってしまうし、逆に卓上の粉チーズが置かれていない店では、何だか落ち着かなく不安になってしまう。

「えっどっち、一箇所に調味料系が集められてて自分に取りに行くタイプか、トマト系のパスタ注文したら一緒に粉チーズも持って来てくれるタイプか、もしくは店員にお願いせな出してくれへんタイプなんか」

 そのあたりがはっきりしなければ注文することは出来ないし、確認もせずトマト系のパスタに決める人が信じられない。すぐに粉チーズあるかどうか店員に聞いてく人は信用出来るし、「使った調味料はお戻しくださいって書いてたけど、ちょっとくらいここに置いててもいいよね?」なんてイタズラな笑顔を見せられたら好きになってしまう。

 以前お昼を食べようとイタリアンのお店に入りランチメニューを見ていたら、メニュー表に吹き出しのポップを付けて、「粉チーズが必要な方は店員にお申し付けください!」」と書かれていた。
なんて気遣いの出来る店なのだと僕は感動して、ポップを見た時点でトマト系のパスタを注文しようと決めた。店員を呼んで注文を済ませた後は、目を閉じてどんな粉チーズが来るのかを想像して待っていた。
 ファミレスなどでよく見る、緑のパッケージでお馴染みのクラフトのパルメザンチーズか、それとも国産チーズを使い日本人の味覚に合わせた国産メーカーの粉チーズだろうか、もしくは本格的でお洒落な店構えなので、イタリア産パルミジャーノレジャーノが登場するかもしれない。

 そんな想像を膨らませてると食欲をそそる匂いと共にパスタが運ばれて来た。
店員はパスタを僕の正面に置くと、「こちら粉チーズになります」と言って小さなココット入れられた粉チーズを、笑顔でパスタの脇にちょこんと置いた。
 計算外の事態である。小さなココットをみた瞬間、騙されたっ!と思ってしまった。よくよく考えれば確かに小皿で粉チーズを持ってくるパターンもあるのだが、ポップの楽しげな雰囲気や、最後にびっくりマークで締められ文言の感じから、「もう好きなだけかけちゃって下さいね!」と言われてる気がしてしまった。粉チーズを容器ごと持ってくるものだと勝手に思い込んでいた。
 ココットで持ってくるのならば、クリーム系の和風のパスタも選択肢に入ってくる。もはや粉チーズをかけに来てるみたいな僕からしたら、トマト系のパスタの魅力は半減してしまう。

 最悪セットのサラダを辞退すれば、もう1ココット分の粉チーズをもらえるだろうか。それとも定食のご飯おかわり自由みたいに、パスタで口一杯にさせながら店員を呼び、「ごめん、お姉ちゃんお代わり、大盛りで!」とココットを差し出せば、その流れでココットいっぱいの粉チーズを持って来てはくれないだろうか。頭の中でいくつかのシュミレーションをしてみても、いざ実行に移す勇気は持ち合わせてはいない。

 僕は粉チーズをぶちまけたい衝動を抑え、皿に盛られたパスタにフォークを入れた。美味しい、トマトの酸味もクリームのまろやかさも絶妙である。ニンニクのパンチもしっかり効いて食べ応えもある。でも、圧倒的に何かか足りていない。ランチで大盛り無料になったパスタを前に僕は覚悟を決め、静かにココットを手に取ると、海に遺灰を撒くような気持ちで優しく粉チーズをパスタの上に振りかけた。

 


 

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