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君の祈りは粉雪となりきっと降り積もるだろう

家よりも

ここは

居心地がいいですから

彼は
児童相談所の1室で
ぽつぽつと語り
無邪気な顔でにっこり微笑んだ
こんな表情を
ご両親は知らないだろうと思うと
胸の奥が
きりきり痛んだ

乾いた風が
からからと
葉を落とした木の周りを
ずっと回っている

風も行き場がないのだろうか
切なさをのみ込む

私も彼に笑顔を返した

思ったより元気そうだね
ダイジョウブ?

私の言葉に
彼の瞳がわずかに揺れる
母親に虐待を受けたときのことを
思い出したのかもしれない

すれ違う親子の想いは
遂に悲劇を引き起こしてしまった

我が子の首に手をかけた母親は
牢獄に入り
子どもは児童相談所に保護された

夜中
目を覚ましたとき
自分の首を締めていた母親の手を
必死で振りほどき
逃げ出した彼

心の傷を考えると
また
きりきりきりと胸の奥で音がする

母親がずっと
夢見ていた世界は

理想の家族像
理想の我が子の姿
理想の将来

誤った目標は
ときに周りを渦に巻き込んで
からからと音を立てて
触れたものを壊してゆく

高校には
進学したいです

彼が
将来に対しての希望を
初めて口にした
家にいるときには
自分の将来が見えなかったという

わかった

高校進学に向けて
準備をしていこうね


親子の深い溝を埋める作業は
きっと難航するだろう
それでも
彼の目が挑んでいる
自分の環境に挑んでいる
彼が
自分から見せた初めての意志の光

叶えてあげたい

からからから

周りの大人が彼の行き場を 
つくらなければならない

からからから

自分では選びとれない環境に
苦しむ子どもたちが目の前にいる

年々増加しているという
児童相談所へ保護される子どもたち
それでも
必死に
未来へ手を伸ばそうとする子どもたち

我が家が
一番の安住の地であることが
どんなに幸せなことか

母親は
自分のしてしまったことを悔いて
息子に手紙をしたためて
届けてもらっている

何枚も
何枚も

それを
ほとんど見ないで
彼は引き出しにしまう

一度してしまったことは
簡単には取り戻せない

それでも
時間をかけて
じっくり
ゆっくり
親子のわだかまりが
溶けてゆく日はきっとくる
そう信じる
そう信じたい

雪だ

彼が呟く

しんと冷えてきた
窓の外を見ると
ひとひらの粉雪
土に落ちる前にはかなく消える

君の願いは消えない
願い続ければ消えない
親子の絆も
切れてしまったわけではない
じっくり
ゆっくり
一度止まった時は再び動き出す

先生
いつか

家族と笑って過ごせる日は
くるのでしょうか

祈るような声が耳に残る


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