abiko masahiro

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映画と小説、音楽と野球。 Facebookではいろいろ書いています。noteではいまは映画についての感想などを。 月に一度、大阪で「読む前に書け」という即興創作のワークショップをやっています。

最近の記事

『アイアンクロー』/ただ人生がそこにある(だけ)(映画感想文)

『アイアンクロー』(24)で描かれるのは、実在するプロレス一家だ。 父親は1960から70年代に活躍した伝説的プロレスラーのフリッツ・フォン・エリック。長男は幼くして亡くなったが、彼にはいまも4人の息子がいる(実際にはもうひとりいるのだが映画では構成上の変更が加えられて4人で描かれる)。 チャンピオンになった輝かしい経歴ももつフリッツは、いまは引退して自分が主催する団体と興行の場を持っている。息子たちはそれぞれ成長し、次男のケビンを筆頭にみんな優れたアスリートとなっていた。ど

    • 『オッペンハイマー』/たとえ後悔しても許さず糾弾する(映画感想文)

      ノーラン監督がオッペンハイマーを描く、主演はキリアン・マーフィーだ。そう聞けばちょっとした映画ファンなら誰しもこの映画が原爆礼賛のオッペンハイマーを英雄視した作品にはならないことは確信できた。なぜならここまでのノーラン作品を観れば彼は常に「複雑で弱い卑劣な悪役(かそれに近い役)」を監督から割り当てられていたのだから。 『バットマンビギンズ』(05)でマーフィーが演じたのはマフィアに抱き込まれた精神科医で、幻覚剤を用い悪事をはたらくスケアクロウだ。だが彼自身もその幻覚によって自

      • 『デューン砂の惑星PART2』/主人公の立ち位置が変わり過ぎじゃないか問題(映画感想文)

        『デューン砂の惑星PART2』(24)はなんとも奇妙な映画だ。 この一作だけを観ればしっかり完成した作品としてみえるのだが、21年に公開された『DUNE/デューン砂の惑星』と続けて(当然だが「続き」として)みたときに、二作の間の価値観のズレが気になる。 SNSで散見される「なんとものりきれない」という違和感の表明はこのあたりにあるのでは? 主人公ポールは領主アトレイデス公爵家の長男で後継者。この公爵が、全宇宙を支配する皇帝シャッダム4世から惑星アラキスの管理権を委ねられたと

        • 『落下の解剖学』/不快な男を嘲笑する不快な夫婦の脚本(映画感想文)

          フランスの雪深い山稜地の別荘で暮らす妻と夫、息子。 妻はドイツ人で売れっ子作家、夫は民泊経営を(いまは)計画している専業主夫のフランス人、息子には視覚障害がある。ある日、夫がその別荘の三階から転落して死亡。自殺かと思われるも夫殺しの容疑が妻にかかる。自殺にしては不自然な要素があり、調査が進む過程で夫婦の不仲が発覚していく。 少し前から「脚本がスゲえ」と話題になっていた『落下の解剖学』(24)は23年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドール。アカデミーで脚本賞。 謎が謎を呼ぶミステ

        『アイアンクロー』/ただ人生がそこにある(だけ)(映画感想文)

        • 『オッペンハイマー』/たとえ後悔しても許さず糾弾する(映画感想文)

        • 『デューン砂の惑星PART2』/主人公の立ち位置が変わり過ぎじゃないか問題(映画感想文)

        • 『落下の解剖学』/不快な男を嘲笑する不快な夫婦の脚本(映画感想文)

          『クリスティーン』/ホラーに非ず、甘酸っぱい青春映画の変種(映画感想文)

          『クリスティーン』は原作スティーヴン・キング、監督ジョン・カーペンターで製作された83年の作品。イジメられっこで気弱な高校生アーニーが邪悪な意思を持つ自動車(58年型のプリマス・フューリー)に魅入られる。 原作者から監督から筋書きから、それだけならなにもかもがドのつく直球ホラーだが、しかし観終わってからの感想はまったく違う。設定らしきものを簡単に書いたけれど、正直なところ「?」がつく。本当にそんな話だったか? アーニーは本当に”魅入られた”のだろうか。彼にとってクリスティーン

          『クリスティーン』/ホラーに非ず、甘酸っぱい青春映画の変種(映画感想文)

          『レッド・ロケット』/滑稽な欲望が彼を前へと進ませる(映画感想文)

          『レッド・ロケット』はショーン・ベイカーの21年の監督作品。 生まれも育ちもテキサスの主人公マイキーは、故郷を捨てロスでポルノ男優になった。「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」という程度に成功を収めた知る人ぞ知るポルノスターだが、理由あって落ちぶれ無一文で故郷の街へ帰ってくる。 (このあたりの説明が一切ない。監督の脚本はめちゃくちゃスタイリッシュで的確だ。このあともいろんなことに関する説明的な描写はほぼない) 泊まる家も仕事もない。結婚はしていたが、街へ出るとき妻と義母は捨

          『レッド・ロケット』/滑稽な欲望が彼を前へと進ませる(映画感想文)

          『その鼓動に耳をあてよ』/矜持と、歯止めのかからない問題(映画感想文)

          『その鼓動に耳をあてよ』(24)は東海テレビ製作のドキュメンタリー。プロデューサーは阿武野勝彦と圡方宏史。そう『さよならテレビ』(だけではないが)の二人である。今回の取材対象は名古屋掖済会病院。1948年開院の緊急病院。 もともとは船員を対象とした病院だったが、高度経済成長期に急増した自動車事故や工場での作業事故に対応するため1978年東海地方初のER(救命救急センター)を開設。診療科は36科、病床数は602。そして年間の救急車受け入れ台数は1万台。 この名古屋掖済会病院に

          『その鼓動に耳をあてよ』/矜持と、歯止めのかからない問題(映画感想文)

          2023年の映画

          2023年印象に残った映画 1.キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン 2.フェイブルマンズ 3.イノセンツ 4.福田村事件 5.winny 23年は大変豊穣な年でした。 『月』でも『春に散る』でも『ゴジラ-1.0』でも映画的興奮を味わったし、 フィンチャーもクローネンバーグも突然やってきたし。ファンとしては幸せな一年。 邦画が力を魅せつけた一年でもありました。 大きな資本力を持つスタジオではないところから、情熱を持った作品が生み出され、それが話題になった。 扱う題材ゆえ企業や

          2023年の映画

          『ゴジラ-1.0』/人の知見と矜持(映画感想文)

          年も明けて間もない2日に、東京・羽田空港の滑走路上で日本航空機の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突、両機ともに炎上する事故が起こった。海保機の乗員に死者は出たが、旅客機の乗客と乗員379人は限られた時間で全員無事だった。 炎上する機体からの脱出にはスタッフの冷静で明晰な対応が大きかったと思う。日航は以前大きな事故に見舞われ、以来繰り返してはならないと引き継がれた精神性と徹底した研修との結果だろう。乗客が指示に従ったということも大きい。 ただ事故後のペットに対する扱いについての識

          『ゴジラ-1.0』/人の知見と矜持(映画感想文)

          『市子』/「火車」との時代の違いを感じる(映画感想文)

          同棲していた彼氏からプロポーズされた翌日、川辺市子は姿を消す。 出生地や親について語ることのなかった彼女は、いったいなぜ恋人の前からいなくなったのか。先に待つ筈の幸せな生活をなぜ棄てたのか。それ以前に、市子とはなにものだったのか、…。 『悪人』(10)や『罪の声』(20)や近年では『怪物』(23)を彷彿とさせる、…と書くと「それはお前だけやろ」とツッコミが入りそうだが『市子』(23)もまた、市井の人々が見舞われる人と人の間に生じる闇や歪を描いた一作である。 大掛かりな犯罪で

          『市子』/「火車」との時代の違いを感じる(映画感想文)

          『首』/振り子が壊れた結果(映画感想文)

          北野武という人は本当に生真面目な人だ。ただその対象は限られ、選ばれたものには敬意といってもいいほどの生真面目さが発揮される。単に昭和の人間だから、というだけでなく芸事、あるいは不要の最たるものである「文化」に対して北野武が払うそれには並々ならぬものを感じるのだ。人間とは無駄を好む滑稽なものだ、といった真理なのか諦観なのか。 『首』(23)は北野武としては18作目の監督作品(ビートたけし作品が一作ほかにある)。 扱われるのは本能寺の変。狂気の暴君織田信長を中心に、彼を取り巻く

          『首』/振り子が壊れた結果(映画感想文)

          『ティル』/カタルシスなき、正義(映画感想文)

          1955年に事件はミシシッピ州で起きた。 シカゴに住んでいたアフリカ系アメリカ人のエメット・ルイス・ティルはその夏、ミシシッピ州に住む伯父一家を訪ねる。叔父は小作人だが臨時の聖職者として「伝道師」とも呼ばれてた人物で、事件のきっかけとなった日も彼は教会で説教をしていた。 シカゴとミシシッピでは黒人に対する周りの対応がまったく違う。 エメットの母親メイミーは、エメットの父親である男性と彼の不倫や暴力が原因で離婚している。ひとりで彼を育てながらも、シカゴではそれで困ることはなかっ

          『ティル』/カタルシスなき、正義(映画感想文)

          『ナポレオン』/目的なき、空虚な人物(映画感想文)

          ナポレオン・ボナパルトは、18世紀後半から19世紀にかけて活躍したフランスの軍人にして革命家。皇帝となりフランス第一帝政を築くもイギリスとの争いに敗れ、またロシア遠征でも失敗し失脚。凋落し、不遇の晩年を送る。 彼の功績について安易に是非を定めることはできないが、この時代のフランスには彼のような人物が必要だったのだろう。世界の行先や均衡(や倫理的な善悪)といったものに興味もなく、考えたこともなく、しかし世界を一撃で覆す手を打つ才能を持った人物が。興味深く、そして大変危険。 映

          『ナポレオン』/目的なき、空虚な人物(映画感想文)

          『L.A コールドケース』/差別意識がはびこる街の刑事(映画感想文)

          22年の夏に公開された『L.A.コールドケース』の製作は18年。公開まで4年もかかったのにはわけがある(コロナではないらしい)。 主演はひさびさにちゃんとした人の(変人でも海賊でも殺人犯でもなく)役を演じるジョニー・デップ。共演に、こちらもひさびさにスクリーンで観る(気がする)フォレスト・ウィテカー。魅力的な共演。 物語は現実の事件を題材にしている。 90年代後半にロサンジェルスで起きた二つの殺人、殺されたのはどちらもラップ界の大スター、ノトーリアスB.I.Gと2パック。東

          『L.A コールドケース』/差別意識がはびこる街の刑事(映画感想文)

          『フェイス/オフ』/情熱をもって振り切れ! 最高の〇〇映画(映画感想文)

          難解で高尚で小理屈映画偏重だった僕は『ダイ・ハード』(88)と『ロボコップ』(88)でそのこじらせ思春期を終える。細部のディティールや王道の魅力や個性的で独創的なアレンジや、…とそれでも何かとこじつけるクセはいまだに直っていないが。 先日ひさびさにジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(97)を鑑賞。 先に上げた2作からアクション映画への偏愛は始まり、その頂点はこれだという思いに狂いはなかった。トラボルタとニコラス・ケイジが怪演といってもいい狂気の演技を繰り広げる。『フェイス/

          『フェイス/オフ』/情熱をもって振り切れ! 最高の〇〇映画(映画感想文)

          『パーフェクト・ブルー』/虚構から虚構への地獄巡り(映画感想文)

          今敏監督の『パーフェクトブルー』(97)を観た。 このとき今敏、34歳。漫画家として世に出て、大友克洋の製作する映画に携わったことがきっかけでアニメ業界へ足を踏み入れた彼の、初めて監督した作品である。 経緯としては、もともと用意されたある企画(原作者の竹内義和が映像化企画の発端だが、実写映画を想定していた節がある。)が巡り巡って「監督をやらないか」と今のもとへそのお鉢が回ってきたのだ。 この時点では「B級アイドルと変態ファン」という設定の、ジャンルとしてサイコホラーだった。完

          『パーフェクト・ブルー』/虚構から虚構への地獄巡り(映画感想文)