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初恋バレンタイン

 私が初めて人を好きだと自覚したのは小学6年生の時である。私は年度の初めにその学校に転校してきたのだが、思えばあっという間の1年だった。冬のある日私は友人数名とバレンタインのチョコレート作りをすることになった。その年ごろの女の子というものは基本的に男の子よりも早熟で、集まるとクラスの男子の話題ばかりしていたように思う。話の流れで誰が好きかを告白することになった。私は思い切ってK君が好きだと皆の前で宣言した。皆の賛同は得られなかったが、私はライバルがいないことに内心そっと胸をなでおろした。K君のどこが好きだったのか。彼は物静かで賢い男子だった。あと何となくこだわりは強そうだが、根は優しい性格をしているのではないだろうかと勝手に思いを寄せていたのである。なぜか話の流れで私はK君にチョコレートを渡すことになった。私も渡してみたいと思っていたのだろう。翌日手作りチョコ持参で学校にいった。しかし結果は惨敗だった。クラス全員に私がK君を好きであることがばれてしまったのである。私も恥ずかしかったが、K君は輪をかけて恥ずかしかっただろうと思う。その夜ベッドの中でK君に申し訳ないことをしてしまったなと思った。その反面、生まれて初めて人に告白できたという充実感にも似た感情に私は包まれていた。

 その後同じ中学にあがった私たちは、クラスも別々で言葉を交わす機会は全くといっていいほどなかった。しかし一度図書館で居合わせた時には、よほど私の方から声をかけようかと胸がつまった。当時私は母親が買ってくれた『赤毛のアン』にはまっており、その後の一連のシリーズを図書館に借りに来ていたところだった。「プリンスエドワード島に行きたい」「アンとギルバートの関係って甘酸っぱいな」と空想力豊かなアン・シャーリーの物語に魅せられていたのである。私たちはその図書館で目が合った。そして本を探している間中K君の視線を何となく感じていたが、私はついに声をかけることができなかった。私にもプライドというものがあったのだろう。そうこうしているうちに中学2年生も終わりの頃に差し掛かり、私にはまたまた転校の話が持ちあがった。私はその時初めて学校をかわりたくないと思った。私は基本的に学校というものに思い入れのないタイプだが、その中学には好きな先生が何人かいたのである。私が勉強好きになったのは彼らの力によるところが大きかった。そしてK君は私の転校をどう思うだろうかと考えた。ほとんど関わりは無いに等しいので何も思わないかもしれない。しかし心のどこかで悲しんでくれるといいななどと甘美な思いに一人酔いしれていたのである。しかしそのK君がなんと2学期の終わりという中途半端な時期に市内の学校に転校してしまった。青天の霹靂とはまさにこのことである。せめて転校先でも頑張ってと最後に声をかければ良かったなと私は後悔した。私もその後すぐに転校してしまったので、K君の様子は分からないままであった。

 ところでK君は少し珍しい名前をしていた。私はこの話を書くにあたり、試しにネットで名前を検索してみた。そうしたら彼の名前とともにいくつかの図面が検索に引っかかってきた。どうやらK君は現在大手の自動車メーカーで、自動車部品の設計に携わっているらしい。しかし同姓同名ということも考えられる。私がさらに画面をスクロールしていくと、彼が大学院生の時に書いたと思われる論文がみつかった。ちょうど大学の卒業時期も私と同じである。K君だと私は結論付けた。自動車に携わる仕事に就くなんて、彼はきっと幼い頃の夢を叶えることができたのだろう。彼の活躍が素直にうれしい私であった。

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