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私は私のコスプレをしたい

ハロウィンに思ったこと

完璧主義を貫くことは自分との戦いであり、終わりが見えない。己のプライオリティが何が何だか分からなくなる。大人になればなる程、完璧主義でいないといけない可動域が広くなるからだ。学生の時は、ただ勉強をして良い点数を取り、良い学校に入れば良かった。ただ、それさえすれば良かったのだ。でも、それは今だから言えることでもあり、ようやくその可動域の狭さに気付けたのだ。

今は仕事・お金・恋愛・友情・資格の勉強など、同時にこなさなければならないことが多過ぎる。歳を重ねれば重ねる程、それのどれも溢してはいけないという錯覚に陥ってしまう。そして、それが私を洗脳し、自分自身を虐げていることに気が付いた。 80点の自分でも許すことは決して諦めることではない。諦めることは逃げることでもない。だから、諦めても諦めなくてもいいのだと思うようにした。諦めるのも諦めないのも才能なんだなと。

自分への強制執行を止めるのは、己を慈愛し、大切にすることにも繋がる。私は身体と心と頭のキャパシティは全て違うと思っていたため、これまで無理をし過ぎて身体を壊すことがよくあった。そして、それら全てを摺り合わせないと、ストレスのミルフィーユになってしまうことにも気付いた。そんなミルフィーユは絶対に頂けないな。これ以上、自分を痛め付けることはしてはいけない。やっと、そう悟ったのだ。

私は私でいい。他の誰でもなく、他と比較することなく、自分でいることに居心地の良さを感じたい。自分以外の何者かにコスチュームすることなく、何かを利用してカモフラージュすることもしたくない。私は「ありのままの私である」というコスプレをしたいし、その結果から得られた物が最大のtreatだと思っている。どんな人生のtrickにも立ち向かい、試行錯誤し、全ての結果を享受したいと思う。「成功」というtreatも「失敗」というtreatも全てが自分にとって貴重で、慈愛に溢れたtreatなのだ。

私は毎日アップデートし続ける私のコスプレをしているし、そう思えば毎日が仮想現実なハロウィンなのかもしれない。己の中にだけ存在する、ハロウィンなのだ。仮装し続ける仮想現実は決して現実逃避ではなく、ありのままの自分を受け入れ、慈しむことなのである。それが、2023年のハロウィンに感じたことであった。来年のハロウィンも色んな意味で楽しみである。仮想現実が現実になっていますように。

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