見出し画像

巻頭の辞

私は主に日本近代美術の資料収集をしている者です。本職の研究者でも何でもない一介のアマチュアに過ぎませんので「研究」とは敢えて書かず、「資料収集」にとどめておきます。

私が美術に興味を持つきっかけとなったのは1987年、9歳の時に自宅にあった『大日本百科事典』21巻「世界美術名宝事典」(小学館、1972年)という本をたまたま手に取ったことです。それを読んでルネサンス以降から20世紀前半までの西洋美術の主な画家はあらかた覚えました。
次の転機となるのは1989年、11歳の時に小学校の図書室で手に取った『原色現代日本の美術』31巻「近代の洋画」(小学館、1971年)という本で、それを読んで日本近代美術(特に洋画)の面白さに目覚めて今日に至っています。日本画の面白さに気付くのは正確には憶えていませんがしばらく先のことです。また、当時は日本の古美術や欧米・日本の現代美術については全く視野の外でした。

好きな洋画家は古賀春江、松本竣介、野田英夫、東郷青児、岡鹿之助、佐伯祐三など沢山いますが、中でも特に好きなのは古賀春江で、ネット時代になってからオークションや通販で資料を蒐めまくって、2010年には「古賀春江資料室」という古賀春江の完璧なデータベースの構築を目指すブログを立ち上げましたが、近年は諸事情により開店休業状態となっております。リンクは貼りませんが興味を持たれた方は”古賀春江資料室”でグーグル検索なさって下さい。また、好きな日本画家は山口蓬春、徳岡神泉、石崎光瑤、速水御舟、中村岳陵などです。

主な関心事が日本近代美術であり、それらの担い手の大半が昭和後期までに亡くなったこともあり、長らく現在進行形の日本美術シーンには関心が無く、2000年代に入ってから草間彌生氏や村上隆氏が国際的に高く評価されたことをテレビで知る程度でした。奈良美智氏は2004年に知人が氏の話をしているのをたまたま聞いたのがきっかけで知りました。また、浅田彰氏(批評家)の著作の影響で故・平山郁夫や絹谷幸二氏と言った日本国内で重鎮として君臨する日本画家・洋画家の存在を知り、浅田氏が彼らを「絵が下手なのに政治力だけで君臨している」などと糞味噌に貶すので、当時は「そういう人達がいるのか。」としか思いませんでした。

2000年代後半から徐々に現在進行形の日本美術シーンに興味を持つようになり、幾つかの本・雑誌を読んでそれに基づいてグーグル検索もしたのですが、入ってくる情報がほぼ全て現代アート系のそれで、画壇系については全く情報を得られませんでした。また、絹谷幸二氏の絵をグーグル検索したのですが、売り絵的な富士山や薔薇の絵だとか仏像、古事記などをモチーフとした陳腐な日本的表象に基づく絵ばかりが表示され、「何てつまらない画家なんだろう。」と愕然とし、「こんな画家が美術界に君臨しているということは今の洋画壇は昔に比べて著しくレベルが低くなり、どうでもいい画家しか残っていないのだろう。」などと今から考えると非常に不遜なことを思ったものです。要するに、当時は現代アート関係者が発信する画壇観に毒されていたということですね。

転機となったのは2014年で、たまたま金井画廊(東京・京橋)という画廊の公式サイトを見たら五百住乙人(故人、立軌会)という洋画家の絵が何点か掲載されており、それを見て「なんて素晴らしい画家なんだろう。」と思いました。他にもこの画廊の取り扱い作家は優れた絵を描く洋画家ばかりなのに感銘を受けて、画壇に対する認識を改めなければいけないと思いました。そして、本屋で『月刊美術』『美術の窓』『アートコレクターズ』といった業界誌を読んで、それに基づいて現存する洋画家・日本画家の名前をグーグル検索して現在の画壇を知るに至りました。そうしたら立派な画家が沢山いるではありませんか。特に洋画壇では小杉小二郎氏(無所属)の画才は傑出していますし、他にも素晴らしい画才を持つ洋画家を何人も発見しました。絹谷幸二氏(独立美術協会)にしても改めて画集を見てきちんと画業を見回すと、日本の洋画史上屈指の鬼才であることに気付きました。この画家の優れた作品は1990年代前半以前に集中しており、1990年代後半以降、画壇で政治力を増すとともに絵がつまらなくなって行くのです。そして、グーグル検索して表示されるのは絵がつまらなくなってからのものばかりです。

また、今の洋画壇には写真と見紛うような精緻な絵を描く「写実絵画」という一大潮流があることも知りました。代表的な画家は野田弘志氏(白日会→無所属)、故・森本草介(国画会)、中山忠彦氏(白日会)などです。医療器具の製造販売を行うホギメディカルという企業の創業者一族が彼らのパトロンで、ホキ美術館(千葉県千葉市)に創業者一族の写実絵画のコレクションが大量に収蔵されており、写実系の画家にとってはこの美術館に作品が収蔵されることがステイタスとなっています。売れっ子の画家が多く、1960年代以降に生まれた中堅・若手の洋画家で注目株の大半は写実系の画家ですが、中には石田淳一氏(白日会→無所属)のようにただ写真の如く精緻に描くにとどまらない画才を持つ人もいます。

日本画壇では村上裕二氏(院展)の画才が傑出しています。他にも田渕俊夫氏(院展)、手塚雄二氏(院展)、千住博氏(無所属)、平松礼二氏(創画会→無所属)、中島千波氏(院展→無所属)、上村淳之氏(創画会)、竹内浩一氏(日展→無所属)、土屋禮一氏(日展)、石踊達哉氏(創画会→無所属)、森田りえ子氏(創画会→無所属)など、号あたりの評価額が数十万円から100万円以上に達する高所得画家が何人もいます。

また、今の日本画壇には中堅・若手を中心に「美人画のニューウェーブ」とも呼べる新しい潮流があります。彼らの大半は無所属で、百貨店画廊で作品を販売していない画家も多く、厳密に言えば「日本画壇」には属していないのかもしれませんが、長らく日本画の世界では一部の例外を除いて使われていなかった絹本を復活させ、かなり技術的に達者な美人画を描きます。代表的な画家は池永康晟氏(無所属)です(池永氏自身は絹本は用いず亜麻布の上に描く)。

そして、2015年から主要団体展を観始めたのですが、無名ではあるものの会社勤めや中学・高校の美術の教員をしながら絵を描き、質的には画壇の大物を凌ぐ画家が何人もいることに気付きました。また、一般的には過去の遺物のように扱われることが多い日展にしてもやはり日本を代表する団体展なので扱うテーマはともかく画力自体はしっかりとした画家が多く、画才のある画家も意外と多いです。

主要な団体からは外れますが、団体展では現代童画会が一番面白いです。現代童画会は主に童画家が所属する美術団体で、絵本作家やイラストレーターを本職とする画家が数多く在籍しています。毎年秋、東京都美術館で開催される現代童画展は同館で開催される団体展でも屈指の人気を誇り、存在はマイナーですが、白日会展、独立展、二紀展、国展などの洋画系大手団体展よりも格段に面白いです。

しかし、大新聞の文化部(学芸部)を始めとする今の大手美術マスコミは現代アート一辺倒で余程の大物でない限り画壇系の動向など取り上げませんし(日展の不祥事などネガティブな話題であれば嬉々として取り上げますが)、都市部にある大手公立美術館の学芸員も大半は現代美術家にしか興味が無く、画壇系はやはり余程の大物でない限り個展が開催されることはありません。『日曜美術館』を始めとするテレビの美術番組が取り上げるのも大半は現代美術家で画壇系は添え物扱いです。故に、画壇では大物であっても一般的な美術ファンの間では全く知られていない、或いは画才はあっても正当に評価されていない洋画家・日本画家がゴロゴロいます。また、ツイッターを覗けば分かりますが、現代アート関係者の中にはろくに見たことも無いくせに画壇及び団体展を嘲笑して優越感に浸る輩が異様に多いのです。

勿論、現状の画壇及び団体展の体質にもいろいろと問題があり(ここで言及すると長くなるので省略しますが)、明治〜昭和期に比べたら洋画家・日本画家のレベルが落ちていることは事実です。だからと言って、今の画壇を全く無視して本来なら正当に評価されるべき画家を日本美術史の闇に葬り去ってしまって果たして良いものでしょうか。

私は近年、そういう問題意識を抱えており、それがnoteを開設した主な動機です。画壇の現状だけでなく、私の本来の領域である日本近代美術など日本の美術シーンに関して疑問に感じたことを幅広く取り上げて行こうと思っています。

また、私の興味の範囲内なら美術以外のネタを扱うこともたまにあります。どうぞよろしくお願い致します。

2023年4月7日
市井の人

※記事に関する御意見・情報提供は連携しているツイッター(X)アカウントのDMか、下記のメールアドレスにお願い致します。
dyi58h74@yahoo.co.jp

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?