見出し画像

経営工学の学生が研究のきっかけと CS Ph.D. 出願を振り返る

# 自己紹介

こんにちは。@aiueola(HP, twitter)です。

今年3月に東京工業大学(学士)を卒業し、今夏からCornell University, Computer Science Ph.D.課程に進学します。

高校2年次くらいからぼんやりと「文化祭でどんな順番で展示を置いたらお客さんを喜ばせられるか?」「山奥に新たにコンビニを開店するとしたら、どこに開店した場合最も集客が見込めるか?」といった身近な意思決定の最適化に興味があり、大学では経営工学を専攻しました。

今は、こうした意思決定に関わるシステムを、人々の行動データなどを利用しつつ最適化したり、意思決定システム(方策)の良し悪しを評価したりすることに興味があり、意思決定と最適化と機械学習との融合領域で研究開発を行っています。


本記事では、7/1 に開催される海外大学院留学説明会@東工大に先立ち、私自身のPh.D.出願における体験談を共有します。


  1. 海外Ph.D.出願に至るまでの経緯

  2. 出願戦略と出願サンプル

  3. 進学先決定とこれから

  4. あとがき

「海外Ph.D.出願に至るまでの経緯」と「進学先決定とこれから」では、Ph.D.留学に関連する自身の意思決定や思考の変遷過程を記述します。こちらはかなり個人的な体験談として、私がその時々で考えていたことや、感じていたワクワク感を共有することが目的です。客観的な情報源としては全く参考にならないと思いますが、Ph.D.留学を一つの選択肢として知ってもらえたらという気持ちで、なるべく赤裸々に綴ってみます。

対して、「出願戦略と出願サンプル」情報提供に振っています。途中、出願戦略を選んだ理由のみ自身の考えや価値観に触れていますが、その他は出願に必要な項目や、自身の出願サンプルなどの淡々とした紹介です。この章は別途スライドにまとめ本記事に埋め込んだので、興味のない方には適宜読み飛ばしていただき、出願を具体的に考え始めたタイミングで戻ってきていただいても良いかもしれません。1,3章の体験談と、2章の情報提供のパートは、それぞれ別々に読んでも自己完結するようにまとめたつもりです。


なお、各章の主な対象読者は以下の方々になっていますので、こちらも参考にしてください。

1章:Ph.D.留学や研究にぼんやりと興味がある方
2章:Ph.D.出願を具体的に考えている or 必要な準備について知りたい方
3章:出願から進学先決定までの意思決定の一過程を擬似体験したい方

それでは、ここからは、自身の体験談に焦点を当てて振り返ります。


# 海外Ph.D.出願に至るまでの経緯

主な対象読者:Ph.D.留学や研究にぼんやりと興味がある方

読者の方の中にはまだ海外Ph.D.が身近な選択肢ではなく、「一体全体何がきっかけでPh.D.留学をしたいと決断するのだろうか?」と疑問に思われている方も多いかと思います。私自身、数年前は似たような気持ちで、「Ph.D.に出願する」という思考回路や決断のタイミングに興味が深々でした。

ところが、いざ自分が振り返る側になってみると、どこかのタイミングで何か決定的な出来事があったわけではないと気付かされました。もちろん、大きな意思決定の分岐点は、これまでにいくつか経験しています。しかし、結局は出会えた人から様々に影響を受ける中で、いつの間にか海外Ph.D.出願が(良い意味で)当たり前に検討できる選択肢の一つになっていた、という振り返りが一番腑に落ちます。「人は彼らの最も親しい5人の友人の平均である(Jim Rohn)」とは、よく言い表したものなのかもしれません。以下では、私が周囲の存在に感化されて研究や学位留学に興味を持ち始め、徐々にPh.D.出願に至った経緯を振り返ってみます。


研究に興味を持ち始めるまで

高校時代の私は、博士はノーベル賞を取りたい人がなるものだと割と本気で思っていました。今では少し恥ずかしい気持ちですが、それくらい博士課程のことは何も知らず、研究も「白衣を着た人が実験室で何やら面白そうなことをやっている」くらいのイメージしか持っていませんでした。

だから、東工大に入学した時は「研究者になりたい」と考える学生が沢山いることに衝撃を受けました。一人二人なら気に留めなかっただろうと思いますが、あまりに多くの人がそう言っていたため、少し興味を持ちました。とはいえ、この時はまだ「この人たちが研究が楽しいと言っている、その理由を知っておいても損はないかな」くらいの軽い気持ちでした。

話を聞くうちに、研究は想像していたよりずっと身近なことだと気付かされました。相対性理論やX線を発見するような「理学」だけが研究ではなかったのです。どのように信号機を制御をすれば渋滞が緩和できるか考えたり、楽曲配信において多様なアイテムの推薦がユーザーの長期的な満足度を増加させることを見つけたりする「工学」も良い研究になります。これらは私がまさしく「意思決定の最適化」を通じてやってみたいと、漠然と思い描いていたことですが、私は当初、それが研究だとピンと来ていなかったのです。たまたま研究について見聞きするきっかけがあり、機会損失を発生させずに済んだのはとても幸運でした。

周囲の学生と話す中で、もう一つ興味深い発見がありました。それは、私は研究の話を聞くのがすごく好きだったということです。私は化学や物理には疎く、この辺りの話は正直4割くらいしか理解していませんでした。それでも、「この研究の面白いところを教えてほしい(よく分からないんだけど)」と尋ねた時に、「これはこうなってこうなるからすごいんだよ!」と教えてくれる熱量や、かろうじて理解できた時の「なるほど、確かにすごそう(雑)」と感じられるワクワク感がとても好きでした。残念ながら当時の会話や感動は再現できませんが、例えばTED talkであれば、Suzie Sheehy氏Jane McGonigal氏Amy Cuddy氏のプレゼンテーションは聞いていてとても楽しいです。もちろん、聞いていて楽しいこととやっていて楽しいことは全く別物ですが、やってみたら、もっと楽しいかもしれないと思い始めました。そして研究に取り組んでみたい気持ちが徐々に芽生えてきました。


意思決定 x 最適化 x 機械学習の研究がしたい

学部1,2年で研究に興味を持ち始めたちょうどその頃、コンピュータサイエンスや機械学習の研究・応用についても知る機会がありました。その中で、①膨大なデータから人々の意思決定パターンを抽出し、②人々が無意識のうちにとっている行動選択に合わせて身の回りの意思決定システムをデザインしたり最適化したりする、ことに興味を持ち始めました。学部2年になって正式に経営工学系への配属が決まったこともあり、機械学習と最適化を取り扱う研究室の教授(後の学部での指導教官)に話を聞きに行きました。その流れで、毎年研究室から出ている「データ分析による経営課題抽出と改善策立案のコンペ」に一緒に参加できることになりました。私たちのチームは「タクシーの運行データを使って新人ドライバーのためのナビゲーションシステムを作る」という提案をしました。この時知ることになった「強化学習」と呼ばれる研究領域が意思決定を最適化するための機械学習技術を扱っており、自分の興味に合いすぎてどはまりしました。

その後しばらくして、強化学習のどんなテーマで研究をしようかと考えていたところ、運よく同じ研究室の先輩がとても面白そうな研究をしていたことを知りました。具体的には、(情報検索やEコマースなどに代表される)意思決定システムをログデータを使って評価する研究です。実は、強化学習には学習過程が不安定であったり、性能がモデルのパラメタに大きく依存したりするといった問題があり、身近な意思決定システムで活用する際は、事前に学習された方策(意思決定戦略)の性能評価を行う必要があります。この先輩の研究はまさしく、(新たな)方策の性能評価を過去の意思決定方策が集めたデータを使って行おう、というものでした。

その研究発表のプレゼンテーションがとても面白く、「この研究についてもっと知りたいです」といった主旨のコンタクトをとったところ、一緒に研究できることになりました。これが自身にとってはとても良い研究機会であったことや、その先輩の影響を受けて海外Ph.D.に少しづつ興味が湧き始めたこともあり、この頃(3年後期)から、研究中心の生活をしつつ、進路について一度再考する時間を取りたいと思うようになりました。そこで一年間の休学を決意し、一度研究に生活を全振りしてみることにしました。のちにこれが、私にとってはPh.D.進学にまつわる大きな分岐点になります。


元々あった「留学」への興味と「研究」が交わり始める

一方、少し時を遡り、「留学」を意識し始めたのは高校生の頃でした。きっかけの一つは、NASA JPLで働かれている石松さんのご講演を聞いたことです。ウェブ上で公開されている講演動画を最近になって発見するまで講演内容の記憶は朧げでしたが、「こんなに面白い話をする人がいるんだ!」と感動したことだけは鮮明に覚えていました。ご講演では石松さんがMITでPh.D.留学をされていた頃の話もあり、「(Ph.D.に限らない)留学はすごく良い経験になるよ」というメッセージを残されていました。私の留学に行きたい気持ちはとても強まり、学部2,3年くらいまでは「一年程度の交換留学か(修士課程での)ダブルディグリープログラムに参加しよう」と考えていました。

学位留学を真剣に考え始めたのは3年後期です。この時期は私が前述の先輩と出会って「Ph.D.での研究留学」と接点を持ち始める時期でもあり、Covidによって残念ながら多くの交換留学が中止された年でもありました。この二つのタイミングがたまたま重なったことで、私はこれまで考えていた留学の計画を白紙に戻し、海外Ph.D.も選択肢の一つとして可能性を模索し直すことに決めました。実は、休学はコロナ禍の情勢が落ち着くまでの時間稼ぎでもありました。同時に、学部からPh.D.に直接出願することを考えた場合、3年後期時点では研究経験や論文実績がなかったため、休学は一年間時間を巻き戻して研究経験を蓄えるためのタイムマシン的な役割も担っていました。休学という選択は間違いなく、Ph.D.出願や自身の研究における最も大きな転機の一つだったと思います。たまたま周りに経験者が数名いたため当たり前の選択肢として休学という判断ができ、さらに休学中に研究に専念できる良い環境やメンターさんにめぐり逢うことができたのは本当に幸運でした。


「休学」を経てPh.D.出願が「当たり前の選択肢」に

休学期間中は、メンターさん方のお世話になりながら、一年間研究中心の生活を送りました。結果として、研究が一過性の楽しさではなく、好きで続けていきたいことだと実感できました。また、自分で情報収集したり、日頃の研究雑談でPh.D.の話を聞いたりするうち、少しづつPh.D.は研究のためのトレーニングの期間なんだということが分かってきて、気づけばPh.D.が良い意味で、当たり前に検討しうる選択肢の一つになっていました。そしていつしか、自分自身もPh.D.出願を考えていました。最終的には「意思決定の最適化」を研究するのに一番良さそうな環境だから(自分自身と研究室のマッチ度が一番高そうだから)という理由で米国大学院へ出願しました。私にとっては、全く想像のつかないものであった博士やPh.D.という存在を、身近な、当たり前に取りうる選択肢の一つとして感じられる環境に身をおけたことがとても幸運だったのだと思います。


「当たり前の選択肢」を広げたい

実はこの記事も、自身の経験を踏まえ、「休学」や「博士進学」、「海外Ph.D.」という一見突飛に見えてしまう選択肢を、「学部卒業後、就職するか、院進するか」と同じくらい身近で当たり前の選択肢の一つとして検討してもらえるようになったらいいな、という気持ちで書いています。それもあってか、かなり個人的な体験談やエピソードを中心とした内容になってしまいましたが、もしこの記事を通じてPh.D.留学を新たに知り、身近な選択肢として捉えられる一つの機会を創り出せていたら、とても嬉しい限りです。


# 出願戦略と出願サンプル

主な対象読者:Ph.D.留学を具体的に考えている、もしくは、必要な準備について知りたい方

この章では、「実際に出願しようと考えた場合にどのようなステップが必要なのか?」「どのような出願戦略がありうるのか?」について紹介します。このパートは情報提供がメインになるため、スライドに要点をまとめる形を取りました。出願への関心度合いによって面白い(有用だ)と感じる部分が異なると思うので、目次を参考に適宜読み飛ばしてください。また、この章は1,3章とは独立した内容になっているため、一旦スライドは飛ばしてあとがきまで読んでいただいてから、あとで戻ってくるのが良いかもしれません。

  • P6-15:そもそもPh.D.課程とは?

  • p16-32:一般的な出願項目の説明

  • p33-48:自身の出願戦略(休学・事前コンタクト・出願先を絞る)

  • p49-68:自身の出願サンプルと準備したこと

  • p69-76:自身の出願スケジュール

  • p78-90:他の出願体験記などの紹介


これから出願される方へのメッセージ

後から振り返ってみると、推薦状のお力添えもあり、教授への事前コンタクトがうまくいってからはある程度スムーズに出願できたのかなと思います。一方で、出願する前は教授にメールを送るのはもちろんとても緊張していたし、「自分もPh.D.学生になれるのかな?」とずっとドキドキしていました。

そんな折、出願年の夏に学会で出会ったポスドクの方に、「Ph.D.出願うまくいくといいね、3年後にどんな研究をしているか楽しみにしているよ!」とお声かけいただきました。この「3年後」という言葉は私にはとても響く言葉で、肩の荷をすっと下ろしてくれました。それまで、出願の際には少し背伸びして自分の研究能力を示さなければいけない気がして緊張していたのですが、「確かにPh.D.はトレーニングの期間だし、今はまだ荒削りでも大丈夫のかな?」「背伸びしたり焦ったりしなくても良かったのかな?」と思わせてくれたからです。

これから出願される方は、もしかしたら途中で漠然とした不安を感じたり、思うように行かず自信をなくしかけたりすることもあるかもしれません。そんな時は、ぜひこの「3年後」という言葉や、出願には運の要素も大きいことを思い出して、「(短期的にはうまくいかなくても、長期的には)なるようになるさ」という気持ちで自分のペースやメンタルをしっかり守ってほしいなと思います。皆さんの出願が(長期的にみて)うまくいくことを願っています。


# 進学先決定とこれから

主な対象読者:出願から進学先決定までの意思決定の一過程を擬似体験してみたい方

さて、出願戦略のスライド内でも簡単に紹介しましたが、私はCornellとUMassの2校に出願し、ありがたいことに両校から合格をいただきました。どちらも私にはぴったりな、本当に素敵な大学院でしたが、残念なことに進学先は一つしか選べません。以降では、出願から進学先決定に至るまでの過程や都度考えていたことを、なるべく思考過程を再現する形で綴ります。あくまで一事例に過ぎませんが、追体験する形でイメージを膨らませていただけたら嬉しいです。


背景:(出願時点での)長期的な研究目標

事前コンタクトをした8月の時点で、私はPh.D.課程では、人々の行動選択に影響を及ぼす意思決定システムにおいて、ユーザーや社会全体に与える長期的な効用(満足)を考慮した意思決定方策(戦略)の学習や評価について研究したいと考えていました。例えば、Eコマースや動画配信などに代表される「(商品)推薦システム」では、顧客のニーズに合ったアイテムを推薦することでサービスの信頼を勝ち取り、長く使い続けてもらうことが一つの目標になります。これを単純な(逐次的)意思決定の最適化に落とし込めば、その都度顧客への関連度が最も高そうなアイテムを推薦し、クリック数などの指標を最適化すれば良さそうに思えます。しかし、実際にはユーザーは同じようなアイテムばかりだと推薦に ”疲れて” しまうため、長期的な効用増加の観点では、(多少関連度が低くても)多様なアイテムを推薦した方が、ユーザーにとって心地よい商品推薦を実現できると知られています。そのため、短期的に利益をあげる方策と長期的な効用に繋がるアイテム推薦方策(戦略)は異なるケースも多く、長期的な効用最大化のための意思決定方策の学習や、その評価に取り組みたいと考えていました。これは、学部で取り組んできた(短期的な)意思決定方策の評価の研究を発展させる内容でもあり、まだ取り組んでいなかった長期的な効用(満足)最大化に足を踏み入れる、より挑戦的でワクワクする内容でもありました。


事前コンタクト:CornellとUMassが特に魅力的だった理由

CornellとUMassはマッチ度がとても高く、どちらも上記の研究テーマに取り組むのにはとても良い環境でした。また、志望研究室の問題設定は理論と応用のバランスが自分の好みにちょうど合っており、その点も魅力的に感じていました。一方、二つの大学院で同じ研究に取り組もうと思っていた訳ではなく、各大学院の研究室の強みを生かしながら取り組めるサブテーマに落としたときには少々違いがあり、そのどちらにも興味があったという感じです。具体的には、上記の研究は応用的な観点から言うと「(商品・情報)推薦システムやAI for social goods(社会的利益のためのAI)」の研究、アプローチ的な観点から言うと「強化学習やオフラインでの方策評価」の研究になるのですが、Cornellの志望研究室は前者に、UMassの志望研究室は後者により強みがあると考えていました。

第二希望のUMassは、長らく「強化学習」の研究のメッカになってきたとても良い大学院で、応用先を限定しない一般的な設定での強化学習の研究や、ロボティクスへの応用が盛んな印象がありました。特に私の希望指導教官は元々強化学習の理論にかなり精通している研究者だったのですが、最近は強化学習の周辺領域でも(応用も含めた)様々な問題設定を扱っており、学生が各々かなり自由度高くテーマを設定している点が印象的でした。特に、ユーザーの嗜好がトレンドに合わせて変化していくような “非定常” な環境や、季節などによって販売可能なアイテム集合が変化する場面において、どのように効率的に推薦方策を学習するかといった研究をされていて、着眼点がとても面白かったです。さらに、私も研究していた意思決定方策のオフライン評価においては、その方策の期待性能だけでなく、うまくいかなかった場合など、性能の分布全体を評価(推定)してあげよう、という新たな枠組みも提案していました。私はこの枠組みは面白いし実務的にもとても有用であると感じていて、自身の取り組むオープンソースプロジェクトでも取り上げ、実装にかなり力を入れています。事前コンタクトではこのプロジェクトについても紹介し、教授にもとても興味を持ってもらえるなど、双方向で研究興味のマッチ度の高さを感じていました。

対して第一希望のCornellは、二人の教授の co-advised(複数の指導教官に研究指導してもらう制度)を希望しており、お二人とも、(特に推薦システムにおいて)これまで意思決定において見逃されていた問題点に焦点を当て、定式化していく研究がとても面白かったです。そのうちの一人の教授は私がいつも研究でお世話になっていた先輩の指導教官なのですが、この教授は私が学部の研究で取り組んできた「推薦システムにおける意思決定方策のオフライン評価」の研究の礎を築いてこられた方でした。他にも、商品推薦においてユーザーのみの効用を考えるのでなく、アイテム提供者にも平等な機会を分け与えるための研究や、「どちらのアイテムがより好きか」という比較情報を元にしてユーザーの嗜好を学び推薦システムを最適化する研究など、数々の研究分野を開拓されていて、そのどれもがワクワクするような問題提起になっていました。また、もう一人の教授も、選挙などのニュース記事を配信する時に、記事の偏りによってユーザーの嗜好を誤って誘導してしまわないようにする研究や、ウェブクリエイターに多様なコンテンツを作成してもらうためのインセンティブ設計を行う研究に取り組まれており、着眼点がユニークで魅力的でした。この二人の教授は長期的な研究目標や「強化学習」への興味関心に被りがある一方で、互いに異なる専門性を持たれていました。そのため、「二人の専門性から学んでうまく組み合わせれば、一緒に新しい研究可能性を探索できるかもしれない」という期待感がありました。事前コンタクトでも co-advised(2人の教授に研究指導してもらうこと) の可能性に双方の教授から前向きな回答をいただき、取り組める研究の幅やマッチ度の高さが印象的でした。


合格後の意思決定①:大学や研究室、教授との相性は両方素晴らしかった

合格後の教授や学生との面談では、事前コンタクトよりももう少し込み入った話になり、研究以外のフィットについても確かめていました。元々事前コンタクトなどを通じある程度良い感触は得ていたのですが、とても幸運なことに、どちらの大学院も教授との(性格的な)相性や指導方針、大学や研究室の雰囲気、周辺環境などの要素はこの上なく合っていそうだと感じることができました。特に印象的だったのは、どちらの大学院も、教授が学生の指導を本当に好きで楽しんでおられるのが伝わってきたことです。少人数の研究室ということもあり、毎週プロジェクト単位ではなく、学生一人ひとりのための時間をとってもらえるのはとてもありがたいことでした。また、研究室の所属学生に話を聞いてみても、一人ひとりのやりたいことや個性、キャリアの目標に合わせ、教授が学内外のコラボレーションの機会なども含めて手厚くサポートされていることがよく伝わりました。ひとつだけ心惜しかったのは、学会参加と卒業式の日程がそれぞれの大学院のvisit dayに被ってしまい、現地に赴いて雰囲気を確かめられなかったことです。しかし、教授がその穴を埋めるように沢山お話を聞かせてくださり、どちらも(冬の厳しい寒さを抜きにすれば)周辺環境も米国内では比較的落ち着いていそうで好印象でした。どちらの大学に行っても充実したPh.D.生活が送れるイメージは鮮明に湧いていたし、どちらの大学を選んでも、きっと5,6年後に「この大学を選んで良かった」と思えるだろうと考えていました。本当にありがたいことですが、これだけ両大学院にフィットしていると感じられたが故に、最終的な決断を下し片方の大学院には断りを入れなければならない状況はかなり心苦しかったです。


合格後の意思決定②:最終的にCornellに決めた理由

最終的にCornellに決めたのは、自分自身がPh.D.課程でどちらの大学院の観点の研究をよりやってみたかったかという点と、大学全体でのマッチ度が大きかったように思います。また、Cornellの希望指導教官のうちの一人が、私が今の研究に興味を持ち始めてからずっとお世話になっていた先輩の指導教官だったという点も、意思決定に間違いなく大きな影響を与えました。その先輩と研究するのは楽しくて学べることも多く、Cornellに行けば研究が続けやすそうなことや、現地に頼れる先輩がいることはとてもポジティブな要素でした。これだけ恵まれた状況でCornellに進学しない手はないような気もしますが、同時に、このまま流れに乗るような形で同じ研究室に所属して良いのだろうか、自分の専門性と呼べる新たな研究テーマを見つけられるだろうか、というちょっとした迷いやジレンマを時折感じていたのも事実です。贅沢すぎる悩みであることは自覚していましたが、これからも長く共同研究を続けていきたいと思うからこそ、「自分だからこそできる何かをPh.D.課程の間に見つけなければ」という必要性をひしひしと感じていました。

この被っている希望指導教官はもちろん、私がその先輩と学部の間に共同研究していたことは知っていました。そのため、この教授とPh.D.課程で取り組みたい研究テーマの話になった時、私はこうしたちょっとしたジレンマを素直に打ち明けてみました。学部で取り組んだオフライン評価の研究は楽しくこれからも続けていきたいと思っていること、それと同時に、これはその先輩が沢山やっている研究でもあるので、私自身もPh.D.の5年間かけて少しづつ、自分の専門性と呼べる新しい領域を見つけていきたい気持ちもあることなどを話したと思います。また、その新しい研究領域の探索をその教授と一緒にできたら嬉しいと思っていることも伝えました。これらの意思を表明するときだけかなり緊張しましたが、その教授はしっかり受け止めてくれて、というか、むしろその言葉をすごく歓迎してくれていて、一緒に取り組めそうな研究方向性を二つほど提示してくれました。そのうち二つ目の研究方向性が、自分がぼんやりと「こんなことができたら面白そうだな」と思いつつもうまく言語化できていなかったことに驚くほど合致しており、研究議論がとても盛り上がりました。さらに、この研究は私がco-advisedを希望していたもう一人の教授との共同研究だったということで、後日もう一人の教授ともお話ししました。「この研究をやりたい」と強く思えたことや、自分の個性が認められ、自身の考えを表明できる心理的安全性を感じられたことは、決め手の一つになりました。

他にも、Cornellでは面接時にSoPに書いていなかった別の教授にも興味を持っていただけたり、合格後に(CS全体からのアナウンスとは別で)ある研究グループから「なぜAI for social goodsについて研究したい学生がCornellに来るべきか」といった主旨の熱のこもった勧誘メールをいただいたりしました。これらを通して、大学院全体でのマッチ度や内部でのコラボレーションの活発さ、研究の発展方向性が広いことを確認できました。また、Cornellは教授の数に比べて学生が少ない特徴がありますが、学科全体をあげて学生を取りにきてくれていることや、関連研究分野の教授陣の層の厚さも印象的でした。また、co-advisedを希望していた教授がシニアと若手の教授であったこと、男性と女性の教授であったことから、キャリア形成など研究以外の部分でも多様な視点から学べることも多そうでした。これらを総合的に判断し、最後は迷いなく、ワクワクした気持ちでCornellへの進学を決めました。


意思決定のその後とこれから

一方で、UMassで志望していた研究室への興味は今も変わらずあります。そのため、UMassの教授には将来的にどこかの機会で共同研究など携われたらとても嬉しいと思っていること、学会で会うなど定期的に連絡を取り続けたいことをお伝えしました。進学しなかったにも関わらず好意的なご返信をいただき、本当にありがたい限りです。実は先日、事前コンタクトの時に紹介したオープソースプロジェクトの論文がついに完成したので共有しました。これからも連絡を取り続け、いつか共同研究もできたらいいなと思います。

また、その後Cornellの方では研究室のMTGに参加して自身の研究を発表したり、学部の研究がひと段落したということで、指導教官とリモートで研究MTGを開始したりしました。こうして新たなスタートラインに立てたことはとても嬉しく、これまでお世話になった方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。この場をお借りして、改めてありがとうございました。そして、新しいスタートには身が引き締まる気持ちも大きく、まだまだ実力不足を感じる毎日ではありますが、5,6年後にどんな自分に出会えるか楽しみに、これからますます面白い研究成果が出せるようになりたいなと思います。


# あとがき

多くの人に当てはまる客観的な情報源とは言い難い、かなり個人的な体験談ではありましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。この記事を書くにあたり、私が「研究」や「Ph.D.課程」に対し感じているワクワク感を伝えられる文章にできたらいいなと目標を立てていたのですが、うまく伝わっていたでしょうか? 

最近では「休学」や「Ph.D.留学」といった選択肢が徐々に認知され始めており、(私も含め)多様な選択肢を取る学生も増えてきたように思います。一方で、まだこうした選択肢の体験談は口承されることが多く、私のようにたまたま知り合いに経験者がいれば身近な事例として追体験できるものの、そうでないとなかなかイメージが湧きづらい状況が続いているとも思います。とりわけPh.D.留学に関しては、具体的に出願を目指す人に刺さる出願体験記は多く、これらはとても貴重な情報源である一方で、まだふわっとした興味の人に届く主観的な体験談は多くはないのかなという思いがずっとありました。それが、数年前の私がそう感じていたように、まだ実体の掴めない選択肢を必要以上に「すごそう」と思わせたり、手の届かないものにさせたりしているならば、個人的な意思決定の過程を共有することで「もっと等身大の体験を伝えたいな」と思った次第です。

これから留学の裾野が広がり、もっと多くの人にとって「休学」や「Ph.D.留学」が当たり前に検討できる選択肢の一つになればいいなと思います。この記事はあくまで私が出した一つの答えにすぎませんが、もし皆さんがPh.D.出願を新たに知り、身近に捉えるためのお手伝いができていたらとても嬉しいです。未筆ではありますが、皆さんが良い意味で「当たり前」の選択肢を広げ、ご自身に合った「良い環境」や「良い選択肢」に巡り会えることを、僭越ながら願っています。


追伸

最後に、この記事を読んで興味を持っていただいた方にはおそらく楽しんでいただける内容だと思うので、少しだけ宣伝をします。

今度、 7/1 (土) 9:30-11:30 に海外大学院留学説明会@東工大を開催します。この説明会では、東工大卒業生でPh.D.に進学された4名の方々に留学中の生活やPh.D.取得後のキャリア等についてお話しいただき、私も含めた5名で海外大学院Ph.D.留学・出願に関するご質問にお答えします。ここでも各登壇者の主観的な体験談を沢山共有できたらと思うので、ぜひお越しください(東工大生以外の方も参加可能です)。なお、登壇者のプロフィールや構成比などは下記ホームページにてご紹介しています。

追記
海外大学院留学説明会@東工大の様子を公開しました:


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?