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【読書記録】推し、燃ゆ

本屋をぶらぶらと歩く。ふと、そのタイトルに目が止まった。「推し、燃ゆ」。どうやら主人公の推しがネットで炎上したようだ。私は強く興味を惹かれ、その場でこの本をレジに持っていった。小説を買うのはすごく久しぶりだった。


***以下ネタバレを含む
(つらつら書いているのでとても長いです)


私も以前、推しの炎上を経験したことがある。正確には箱で推しているアイドルグループの1人が不祥事を起こして炎上し、芸能界を引退した。私はその時、ただただ泣くことしかできなかったし、今もその時の辛かった気持ちをたまに思い出しては苦しくなる。私がこの本に興味を持ったのは「あのとき私はどうしたらよかったんだろう」「主人公はどうやって推しの炎上を乗り越えるんだろう」と思ったからだった。しかし、本を購入しネタバレにならない程度にスマホでレビューを検索したところ、多くの人が「発達障害」という言葉を口にしていて、本の表紙や帯にはそういったことが何も書いていなかったので不思議に思った。


しばらく読んで皆がその言葉を使った理由がわかった。作中では明言されていないので、無知な私が当てずっぽうなことは言えないけれど、主人公あかりはなんらかの障害をかかえているようだ。勉強もアルバイトもうまくいかない。課題やバイトの欠勤連絡、言われたこと、すぐに忘れてしまう。いくら書いても漢字が覚えられない。などなど。混沌としている普段の生活の一方で、彼女の推し、上野真幸を推すことに対する熱意や真っ直ぐさはものすごかった。番組での推しの発言を書き起こしたり、インタビューをファイリングして彼女の中での推しの解像度をとにかく高めている。推しの思考や発言を先読みしてしまうほどに。彼女の中に「推し」という人格が作り上げられている。

だからこの世界で生活するあかりの姿と、推しのファンとしてブログを書き、同じ趣味を持つ人達とネットで交流するあかりの姿のギャップがものすごい。思えば冒頭で会話するあかりの友人、成美ともずっとそれぞれの推しのアイドルの話をしていた。推しを通して見るあかりは障害などに悩まされずに生きている、どこにでもいる普通(障害がない人を普通と表現するのは違うのかもしれないけど、作中であかりが「私普通じゃないんだよ」と言っていたのであえてこの言葉を使います)のアイドルオタクの女の子のようだった。推しの存在が、推すという行為が彼女を生きづらいこの世界の中でもなんとか生かしていた。言葉のまま、彼女にとって推しは人生そのものだった。

そしてこの小説、推しに対するネットの反応がなんだかやけにリアルだと感じた。推しが炎上したとき、ライブ配信をしたとき、左手の薬指に指輪をはめていたとき…。かつて推しが炎上した時に私が見たSNSに似ていた。あのときのことを思い出して心の中がざわざわした。ネットがざわめく中、あかりのブログは冷静だった。というか、出来るだけ考えないようにしていたようだ。終盤では上野真幸が芸能界を引退し、住所バレしたマンションにあかりが出向くも、特に何もせずにそそくさと立ち去ってしまう。ここで何かしら事件を起こして終わるなら後味の悪い爽快感があるのかもしれないけれど、そういうラストでもない。

それでもこのとき、あかりはなぜ上野真幸が人を殴ったのかを考え始める。推しをあれだけ解釈し続けたあかりにもわからない。家族も誰も、あかりの気持ちがわからない。それと同じなのかもしれない。そもそも、あかりが推しを解釈していたことだって、それは上野真幸の本当の人格ではないかもしれない。本当はあかりは推しの、上野真幸のことを全然知らないのかもしれない。(ぬいぐるみがトラウマだと言っていた推しの家にぬいぐるみがあったりとか…)分かり合えたつもりでも全然分からない、分かってもらえない。そんな2人の破壊衝動がシンクロしてあかりは床に綿棒のケースを叩きつける。散らばった綿棒をお骨を拾うように拾う。その時、推しを推す彼女は死んだのだろうか。そのお骨をあかりは拾っていたのかな。



推しを失ったあかりの生活はこれからもつづいていく…。推しが芸能界を引退してただの人間になって、あかりはどうやって生きるんだろう。這いつくばって生きていくと彼女は言っていた。部屋に転がったかびたおにぎり、空のコーラのボトルを片付けることをあかりは考えていた。その先にある長い道のりが彼女には見えていた。きっとこれは明るいラストだ。推しの存在が彼女を生かしていたけれど、推しを失って、推しを推す自分を壊してあかりは前を向くことができたのだろうか。

私は推しの炎上、芸能界引退を経て、実在の人間を推すのはしらばくやめようと思い、アニメやゲームの世界にどっぷり浸かって楽しんだ。あかりも、新しい推し(アイドルに限らず、自分が楽しめる何か)を見つけるのだろうか。そうだといいなと思う。



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