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韓国映画『オマージュ』ネタバレ感想/先代に捧ぐ女性監督の物語

2021年制作(韓国)
英題:Hommage
監督、脚本:シン・スウォン
キャスト:イ・ジョンウン、クォン・ヘヒョ、タン・ジュンサン、イ・ジュシル、キム・ホジョン
配給:アルバトロス・フィルム

本作を知るきっかけとなったのは、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社・夏目深雪編)であった。韓国の女性監督を取り巻く状況についての記述があり、本作を監督したシン・スウォン監督についても取り上げられていた。

シン・スウォン監督は、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと2人目のホン・ウノンについてのドキュメンタリーを手がけた。その際に2人の監督と親交があったという女性編集者と出会い、この映画を制作するきっかけになったという。

本作の主人公は、映画監督のジワンである。ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処もたっていないジワンは、更年期に差し掛かりこのまま監督業を続けるべきか、思い悩む。ジワンには、夫と息子がおり、母として、妻としての生活もある。そんなジワンのもとに、60年代に活躍した女性監督・ホン・ジェウォンのフィルムの修復作業の仕事が舞い込んでくる。

修復作業を進めていくうちに、フィルムの一部が欠けていることに気づく。失われたフィルムを探してジワンは、監督の家族や知り合いを訪ねていく。60年代当時は、映画業界で働く女性は少なく、その立場は今よりもずっと低かった。ホン監督は、映画業界で働き続けるめ、子供の存在を隠していた。ホン監督のように隠して仕事を続けることが難しく、家庭の事情によりやむなく仕事をやめる人も。

設定から分かるように、主人公・ジワンは、シン・スウォン監督自身が投影されている。ホン監督のモデルとなっているのは、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと2人目のホン・ウノンである。本作は、シン・スウォン監督が先代の女性監督をはじめ、映画業界で女性の立場を切り開いてきた人々に捧ぐオマージュなのである。

主人公・ジワンは、更年期に差し掛かり体の不調に戸惑う姿や、家庭内別居中の夫との関係など、等身大で共感を呼ぶキャラクターである。また、息子の存在が印象的。ちょっぴりだめなけれど、憎めない可愛らしさがある。不器用ながら母を慰めようとしたり、独特の感性で綴った詩を贈るところも良い。

ジワンを演じるのは、『パラサイト 半地下の家族』でインパクトのある家政婦役を演じた、名バイプレイヤーのイ・ジョンウン。本作が初の単独主演作となる。夫役には、ホン・サンス映画でお馴染みのクォン・ヘヒョ、息子役は『愛の不時着』で注目を集めたタン・ジュンサンが務めた。

冒頭に触れた通り、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社・夏目深雪編)では、韓国の女性監督の少なさ、作品を撮り続けることの難しさに言及していた。シン・スウォン監督は、教師を辞めて映画監督を志したという経歴をもち、自身を投影した映画『虹』でデビューした。『オマージュ』は、シン・スウォン監督にとって6作目の長編映画となる。日本では、『ガラスの庭園』、『マドンナ』がいずれも上映スルーで、配信で見ることができる。

長編2作目の『冥王星』は、第63回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門で特別賞を受賞、続く3作目の『マドンナ』は、第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出されるなど、国内外で評価されている監督であるが、日本では『オマージュ』が初の一般公開作となった。

作品を撮り続ける元気がない、インディーズは人が入らないといった悲痛な叫びは、シン・スウォン監督自身が感じていることそう遠くないはずだ。そのような世知辛い状況が描かれているが、本作は決して悲痛に満ち溢れた映画ではない。どこか背中を押してくれるような、前向きな温かさがある。

そのように感じる背景にあるのは、ジワンの素朴なキャラクターや、ホン監督らしき幻影がジワンと共にいるかのようなファンタジックな演出だろう。失われたフィルムを追っていくジワンを見守るかのような、何かを示唆するかのようなホン監督の幻影は、シン・スウォン監督自身が、ドキュメンタリーを手掛けている中で実際に感じたものなのかもしれない。また、先代が切り開いてきた道の延長線に自分もいることを実感させられたということでもあるのかもしれない。

演出によっては、ホラーになり得るような幻影を独特の温かみとファンタジックさで演出する。そこまでしなくてもいいと言われても、必死に失われたフィルム、そしてホン監督自身の足取りを辿ろうとするジワンの姿には、どこか使命を背負っているかのような切実さがある。

この仕事を続けていくべきか思い悩むジワンの姿に、シン・スウォン監督が自身を重ねていると同時に、この題材で映画を撮ること自体もシン・スウォン監督にとって使命のようなものになっていたのかも。そして、そのバトンは映画を見ている私たちに託されている。映画業界だけでなく、さまざまなところで私たちは先人が切り開いた道の上に立っている。そして、生きていると様々なところで分岐点に出会う。そんな時に背中を押してくれる不思議な出会いがあることもある。そんなことを考えさせる映画であった。

余談であるが、シン・スウォン監督の前作『マドンナ』も、准看護師である主人公・ヘリムが事故に遭って運ばれてきた若い女性の家族を探していく中で彼女の人生を知り、自分自身を見つめ直していくという映画であった。設定は色々違うとはいえ誰かの人生を辿ることで自分自身を見つめるという点では似ている。

しかし、『マドンナ』は、若い女性の人生を辿っていく中で、搾取され続け社会の澱みから抜けられない女性の生き辛さをひりひりと炙り出していくというどこまでも苦しい映画であり、『オマージュ』のような前向きさはない。『オマージュ』のあっけからんとしたジワンの姿は、『チャンシルさんには福が多いね』のチャンシルさんに近いものを感じる。

バトンを受け継ぎ、この業界で頑張るジワンの姿はそのままシン・スウォン監督の姿であってほしいと切に願う。また、日本で監督作が見られる日を待ちながら。

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