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西川美和さん『きのうの神様』読書感想

この本は、うっすら毒のあるユーモアを入れながら、医療をテーマに家族の感情を描いた小説の短編集です。

この短編の中の『ディア・ドクター』について、あらすじを書きながら考えてみます。

この話は、長く外科医を務めていた父親に対する、息子の感情の揺れ動きを書いた作品です。主人公はカメラメーカーの開発研究室に勤めており、主人公の父親と兄の微妙な距離感のある関係性を、主人公の目線から書いていっています。

ある日主人公は、父親がゴルフ場の休憩室でけいれんを起こし、そのまま倒れてしまい入院したという連絡を受けます。父親は定年退職したあと、老人大学で知り合った友達とゴルフに行っており、そこで脳梗塞を起こし倒れてしまいました。主人公は病院に着き、看護師に言われるまま集中治療室に入ると、父親は体のあちこちに管を通され眠っていました。

映像化することを最初から想定して書かれた小説なのか、どことなく映像化しても、あまり違和感のなさそうなセリフや場面が多く出てくる小説だと思いました。例えば主人公が病院のベッドに寝ているお父さんを見て「起きてよ!ねえってば!」とお父さんの腕を揺さぶりますが、隣の医者が「あの、眠らせてるんで、これ」と言います。それを聞いた主人公が「え。目は覚めるんですか」「まあ、覚めますよ。運ばれてきた時気道が半分ふさがっている状態でしたから、気管挿管して人工呼吸器つけるのに、眠ってもらってる方が、楽なんで」と言うくだりがあります。本当に人が亡くなったときに言うような「起きてよ!ねえってば!」というセリフにブラックなユーモアを感じましたし、小説というより本当の脚本のような、スムーズなセリフの流れだと思いました。

この本の後ろにある解説には「西川さんは可愛げがあるが、書くもの、撮るものは毒気、やらしさがある」と書かれているので、どことなく感じるブラックユーモアが、この作家さんの特徴のようですね。

主人公は幼い頃からけがばかりで病院にはうんざりしていましたが、主人公の兄は、父親に強い憧れを持っていました。親の愛情というのは不思議で、兄がきらきらした目で父を見れば見るほど、父は兄に対し背を向けるようになっていきました。父親が兄に何か言う時には、どこかに遠慮が挟まっていました。

父親への愛情は消えかかっていたものの、人の命を救う責任ある外科医の仕事を淡々とこなす父親と同じように、兄は医学部に入ろうとします。ただ分数の計算も怪しい理系音痴で医学部入学は難しく、病院の事務をして各地を飛び回り、実家には帰ってこないようになりました。

主人公は、兄が父親の代わりを求め、医者のそばを付いて回っているのかと考えていました。兄が父が入院する病院に来たため、主人公は父親の病状を説明していきますが、途中「お父さん、目覚めたらもしかしたら言葉が(あまりしゃべれなくなるかもしれない)」と震えて喉を詰まらせます。しかし、兄が集中治療室に横たわる父にうなずき、肩をさすっただけの様子から、主人公は兄の父親に対する今の気持ちを読み取ります。

小説内の病院のシーンは暗く静かになりがちですが、少し毒のあるユーモアで明るく読める小説だと思いました。

この本を書いた作家さんは映画監督もやっているそうで、この話をもとに脚本を作った映画もあるようです。

また図書館で他の本を借りるのも面白そうです。


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