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【短編】 狸のランタン

 小学校に通い始めた頃、私は帰り道で狸に話し掛けられた記憶があります。
「おい子ども、わたしのランタンを知らないか?」
「ランタンてなに?」
「ほらその、火を灯して夜の闇を照らすものだ」
「しらない」
「はあそうか、でもランタンがないと大変困るのだ」
 狸と出会った場所は、都会の住宅地でした。
「今夜、妹の結婚式があるのだが、私はランタンの明かりで妹を綺麗に照らしたいのだ」
「じゃあ、昼間にやれば?」
 子どもの頃の私は、案外冷静に狸と会話をしていたように思います。
「狐の嫁入りは太陽の出る雨のときで、狸の嫁入りは夜闇の晴れたときと決まっている」
「ふーん、よくわからないけどランタンがみつかるといいね」
「お前の言い方は、何となく上から目線で気に食わないけど、まあいいや」
 
 私は大人になって、インターネットで思うことを色々発言をしていたら、いつの間にか影響力のある発言者みたいな意味のインフルエンサーというものになっていました。
「何となく上から目線で嫌い」
 あえて嫌われることを言って、より注目を集める目的でやっているのですから、当然の意見です。
 でも、そういうアンチコメントをネットで見つけると、私は子どもの頃に会った狸のことを思い出します。
 大人になった今では、狸が言葉を喋るわけがないと知っていますし、きっと夢か空想の出来事を現実の記憶のように錯覚しているだけだろうと推察できます。
 でも夢や空想であれ、狸がランタンを見つけることができたのかどうか、私はたまに考えることがありました。
 
 インフルエンサーとして、私は十年ぐらい注目されて、それなりの仕事や収入を得ていました。
 しかし時代が変り、今の私は、的外れな意見を垂れ流すだけの老害のようなキャラクターになってしまい、仕事や収入も激減してしまいました。
「おい子ども、おいらのランタンを知らないか?」
 春の陽気に誘われて、気分転換のために近所を散歩していると、狸が現れました。
「いや、よく見ると子どもじゃなくて、随分歳を取ってくたびれた人間のようだ。何となく子どもの気配を感じたから話し掛けてしまったが、失礼した」
「君は、私が子どもの頃に会った狸か? ランタンは見つかったのか?」
「お前の子ども頃っていつだよ。おいらは今ランタンを探しているんだ」
 私は、いつも持ち歩いていた小型の懐中電灯を狸に渡しました。
「ここをひねれば、闇を照す光が出るのだな」
「たぶんね」

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