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【詩小説】マグリット・マグネット

青い春は18でツグミになる
白い梔子(くちなし)の偏西風を渡り
再び小さな実を結ぶことを願う

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ふたつの青い春はひとつの磁石だった
U字型に曲がったマグネットだった
わたしとあなたは異なる磁極をもっていた
お互い自発的に波を描いていた

わたしたちは鏡に向かってにらめっこをした
あなたは決して笑うことはなかった
大渦を巻いた磁力は他を弾き飛ばし
誰も寄せ付けなかった



夜風に濡れた肥料が香るこの街で
もう数年間の猶予を揺蕩う

わたしは密かに抱いていた
あなたはまだ冷めない鉄の熱源に遠い目をして日の出の空にひかれていた
Uが折れLになった
わたしはいよいよ腰を据えて綱引きの体勢をとった
すっかりU字は真一文字の棒に変形し
まだひっぱりあって対極は離れていった


双生に流れる血は水より濃く
宿った種に付け入る隙はなし

下校
逆方向の帰り道
真っ暗な廊下を歩き
水垢の白いオーブが浮かぶ
長方形の鏡の前で立ち止まり髪をなおした
あなたは当然のように手を差し出しいつもわたしに催促した
あぶらとり紙二枚
わたしもあなたも無言で顔をおさえた

あなたは玄関のロッカーから透明のコンビニ傘を取り出してTimberlandのスノトレに履き替えてTHE NORTH FACEのアウターに袖を通した
財布はPORTER
リュックはColumbiaだった
あなたはブランドものしか持っていなかった
文化祭にはFRED PERRYのポロシャツを来てとうもろこしを焼いていた
あなたをお洒落さんだとひそひそ話す周りの声を耳にした
わたしもよせばいいのに中途半端に真似なんかしてノーブランドの似たシャツを買ってみたけれどなんだか無性に情けなくなって結局一度着たっきりで量り売り査定の一部となった


あなたは湖をすまして浮かぶ水鳥だ
無様な水中のあしかきをさらけ出さない

それもまた寂しいのだよ



職員室だけが真っ白く灯る校舎を背に
たらたらと校門へ歩いた夜空は冬の大三角とオリオン座がくっきりと描かれていた
二つの影は次第に薄くなり消えた

しーしーしー

虫の鳴き声がつつじの茂みから聴こえた
特に話すことなんかないけれど
卒業式までの残り少ない日々を
少なくともわたしは逆算していた

あなたはというと

雲を掴む口笛に馬鹿らしくなって
いつもあなたの肩を拳で押した

特に親友らしい友達のいなかったあなたはどの集まりにも霞んでみえてまざっていた
そんなことが目についてへんなところで優越感に浸っていたのならわたしはとても底意地が悪い人間だ

もっと笑えばいいのに

オルガンの和音前奏が始まった
カーテンが揺れると翳りが微睡んだ

蛇口から一滴落ちた水の音で目が覚めた
教室の窓側のわたしの座席
梔子(くちなし)の花弁が降っていた
黒板にはチョークで書かれた卒業式

泣いて仰げば尊しも歌えなかった

そして何より悲しかったのは
あなたが卒業式にいなかったこと
鵜呑みにすればたまたま面接と重なったと

仕方のないことだろう
けどさ
でもなぜそんな日に

わたしはあなたに卒業式を贈ると決めた
いつかこの体育館で出来る限りの卒業式をしてあげたい
頼まれてもいないけれど
あれから何万年も経ったけれど
わたしはまだあなたと卒業出来ていない
そしてわたしは
とっくに磁力を失った石になってしまった

寂しい笑みを浮かべるやつだった
そんなあなたが珍しく
一度だけわたしにした質問を忘れない


もしもわたしが倒れたら
あなたは担いでくれますか


--------(おわり)---------









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