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ロゴスと巻貝-それは音楽から始まった-/小津夜景

よくながめていたのは全音楽譜出版社から出ていた『全訳バイエルピアノ教則本』で、頁全体をひとつの模様として楽しんだり、色鉛筆を握りしめ、五線譜にちらばる記号のなかから高貴な香りのラや、物思いに沈むミのフラット、華やかなソのシャープなどを見つけ出しては丸で囲んだりしていた。

読書スランプに陥ったことがある。
集中力が途切れて紙の上を目がすべるようになり、それがすごく残念なことに思っていた。
他の人の読書との距離感を知ったのはそんな頃。

読みかけの本が何冊もある。
長編を読んで疲れたら合間に短編を読む。
ジャンルが違う本で気分を変える。
買ったとき理解できなかった本は、しばらく寝かせて数年後に読む。
マンガ版でもいい。
雑誌も図鑑も読書の範疇。
飾るだけでいい。
読まなくていい。

学生の頃のような徹夜してでもという読書体力はない。
心地いい距離感を模索するフェーズになったというのも、おもしろいではないか。

過去がまぶしいのは、それが風化する運命にあるからだ。そして思い出に胸が熱くなるのは、いくたびもの忘却をくぐりぬけ、いまなおそこに残っていることが奇跡よりほかのなにものでもないからだ。

ちょうど読了したタイミングで、「本チャンネル」という書籍紹介の動画に小津夜景さんが出演されているのを見る。
とてもいい話ばかり。

「メロディ部分を語るのではなく、脇役を選んだ、人生の中心ではなく周辺へ周辺へ」

こういう人なんだなあとにんまり。
周辺の風景をすくうようにさりげなく、でも魅力的に描かれることによって、おのずとメロディ部分が浮き上がってみえるような錯覚になる。
錯覚だからやっぱり本当のところはわからないが、そこがいいのだ。

フランスに持ち込んだ本は「好きということ以上に何度も読める、読んで内容が減っていかない本」を選んだ、と。
小津さんのこれまでの作品でも、好きじゃないけど、というフレーズをたびたび目にする。
自分の本棚をながめる。
私にとっての好きじゃないけど内容が減らない本。
そんなことあるだろうか。
好きだからいくら読んでも内容が減らないのではないか?
ミステリーは好きだけど内容は減る気がする。
好きじゃないけど…くっそう嫌なとこ突くよな、という意味なら…何歳でどんな立場で読んでもどこかしら刺さるだろうなと思える本…。

おすすめだけど、そう、好きとは違う。
痛い、見ないで、もうやめて、て感じ。



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