見出し画像

【小説】it's a beautiful place[あとがき]さあ、裸足で走れ

2002年の夏だった。

わたしが奄美群島・沖永良部島に初めて降り立ったのは。

当時のわたしは22才で、19才の時に入った編集プロダクションを二年で退職して、友人がバーテンを務めるキャバクラでやる気のないキャバクラ嬢として働きつつたまにフリーランスでライターの仕事をしていた。

その時のことは、noteでも無料公開している半自伝的小説『腹黒い11人の女』に詳しい。

その頃、好きなバンドが沖縄でライブをやると言うので、友人と旅行に行った。そして、その時、東京の女友達が沖永良部島の居酒屋でバイトをしていた。

【小説】it's a beautiful place・本編にもあるように、沖永良部島は奄美群島のうちのひとつだが、距離としては沖縄の方が近い。

せっかく女友達もいることだし、足を延ばして離島まで行ってみようか。

そう、わたしは沖永良部島には最初、三日間のつもりで来たのだ。

ところが、その三日間がべらぼうに楽しかった。
先に来ていた女友達が、島の男の子たちを次々と紹介してくれて、毎日のように一緒に遊んだ。

8月の後半。昼間は、帰省で来ている大学生たちと遊び、夜は島に住む男の子たちも交えて飲む。

三日間はあっという間だった。そうしたら、女友達が働く居酒屋のオーナーが「姉妹店でスナックをやるから働いていかないか」と言い出した。

女友達が住む寮に一緒に住んでもいいとオーナーは言っている。彼女とは長い付き合いで、フジロックフェスティバルにも二人で行っている仲だ。過酷な環境でずっと一緒にいることに慣れているし、この三日間、10畳ほどのワンルームで共同生活をしていても苦にならなかった。東京の勤め先のキャバクラに連絡をしたら、「今、人足りてるし、しばらくゆっくりしてきていいよ」と店長が言った。状況としては、何の問題もない。

そして、何よりも、もう少しわたしはこの島にいたい。

そんな風な成り行きで、わたしは沖永良部島に滞在することになった。

本編を読んでくれたらわかるが、小説としては、島に来る成り行きはだいぶ変えている。

最初の滞在は一ヶ月。その間に、同じ関東から3人のリゾートバイトの子がやってきた。同年代でわたしと女友達の向かいの部屋に住んでいた。そのメンバーが今でも仲が良くて、今回の小説のトップ画像に当時の画像を使うことを快く許してくれた。

それを許してくれたのは、そして、今回の無料公開を彼女たちが楽しみにしてくれていたのは、その5人の中で、やっぱり沖永良部島は、『it's a beautiful place』、いつでも胸の中にある美しい場所であるということだとわたしは思う。

そして、2002年、秋。わたしは沖永良部島を出た。

事情はその5人の中でそれぞれにいろいろあったが、わたしの場合は、東京にいたキャバクラに戻らなければならない期日があったのと、あと、文章を書く仕事を諦められなかったということだった。

そのあたりは、本編の主人公の奈都に似ている。

「自分の夢を叶えることは、誰かを傷つけるの?」

この『it's a beautiful place』の公開を始めた時の説明に、この言葉を書いた。

東京に戻り、小説を出版してから沖永良部島に訪れた時のこと。

とある島の男性にこう言われた。

「やっぱり、島の男はダメだったんですか?」

「違うよ。わたしは文章の仕事をしたかった。けれど、その時はまだ本も出してないし、仕事の経験も積んでいなくて、島にはインターネット回線もすごく遅いADSLしかなくて、リモートで仕事をすることも一般的じゃなかった。

わたしがもし大作家で、どんな場所にいてもあなたの原稿が欲しいと言ってもらえるような人間だったら、あの時にそのまま島にいることができたかもしれない。けれど、わたしはそこまでの人間じゃなかった。

文章の仕事を諦めれば島にいられたけど、でも、わたしは諦められなかったの。だから、島の男のせいとかじゃないよ」

その質問をした彼は、考え込むようにして車窓を眺めた。
わたしは、言葉を続けた。

「あの時、何もしていないうちに諦めたら、後悔してたと思う。だから、島の男のせいとかじゃないよ」

そして、その頃から10年経ったあと、わたしは沖永良部島と同じ奄美群島の加計呂麻島で暮らし始めた。

人生とは不思議なもので、あの頃には叶えられなかった夢、「島で暮らしながら文章の仕事をすること」を10年経ったわたしは叶えたのだ。

この、『it's a beautiful place』で、わたしが持っていた完成原稿の公開は全て終わった。

既にいくつか原稿を公開している、『続・腹黒い11人の女』、『祖父・三谷昭と新興俳句を巡る冒険』は、これから続きを書いていくつもりだ。


その他、いくつか未完成の原稿がある。この【小説】it's a beautiful placeのスピンアウト的な短編集、山梨県の日本で一番人口が少ない街を舞台にした小説などはいつかは完成させたいと思っている。

東京の雑誌編集に関わっていた頃をもとにした話や、新宿歌舞伎町を舞台にした話もまだ構想段階だが、ある。

それらが、どんな形になるのか。

なってもならなくてもいいのだ、と思う。

何故なら、わたしは沖永良部島にいた頃の夢をふとしたきっかけで叶えたから。

自分でも忘れていたような夢を。

現在、わたしは加計呂麻島から引っ越しをして、奄美大島の中心部に住んでいる。


10年間のブランクがある夜の世界に戻り、ラウンジ勤務をしながら、同僚たちとYouTubeを始めた。

この動画の中で一緒にYouTubeをやっているキャンベルが『自分の生きたいように生きられる島』と奄美大島のことを言う。

よくわかる。

そして、思う。

わたしは、友達が欲しくて、誰かの友達になりたくて、小説を書き始めたんだ、きっと。

既存の二冊の小説、そして、未発表の小説を全て公開し、この一ヶ月ほどは、気が抜けていた。

未発表小説の公開は終ったのだから、『続・腹黒い11人の女』、『祖父・三谷昭と新興俳句を巡る冒険』を書き始めなきゃ、と思いつつもやる気が出ずにいた。

そう思いながらも、考えてみれば今年1月からほぼ毎日のように無料公開を続けてきたのだ、一ヶ月ぐらいはゆっくりしてもいいじゃないか、と思い至り、けれど、どこかでやはり「わたしは何もしていない」という焦りを抱えながら過ごしていた。

別に何もしなくたっていいのに。
小説なんて書かなくても、いや、むしろ書かない方が、ずっと楽に暮らしていけるのに。

そんなことを考えながら過ごしているうちに、ふと、またYouTubeを始めることになった。

動画を編集しながら思ったのが、「わたしはこの人たちが好きなんだ」ということだった。

そして、こうやって、友達とわいわい話すことに幼い頃のわたしはずっと憧れていたことを思い出した。

そして、小説の中の登場人物にまるで友達のような親近感を抱いていたことも。

noteでの小説の無料公開、とりわけ、未発表小説の『Midnight Parade』、『it's a beautiful place』をご覧になった方々から、「昔の友達を思い出した」と言われた。

わたしは、それだけで、幼い頃の憧れと夢を叶えているのだと思う。

誰かと友達になることを。

文章で、小説で、そしてきっとYouTubeでも。

あとがきのタイトル『さあ、裸足で走れ』はBirdの名曲『BEATS』から。

色褪せてた日差しに 手をかざして
過ぎ去った熱さと ともに
また目覚め 毎日が始まる
あなたを振り回してる時計を 少しねむらせて
優しい空 見える
ベランダに駆けだそう
Bird『BEATS』

今の心境はまさにこんな感じ。

YouTubeは毎週日曜日19時公開予定です。

皆さま、ぜひチャンネル登録よろしくお願い致します。




この記事が参加している募集

私の作品紹介

作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。