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生温かいビール

「ごく、ごく、ごく。プハー!」
姉はグラスに注いだビールを豪快に飲み干した。

まるでマンガかアニメのような、絵に描いたようなビールシーンだ。
周りのお客さんもあまりの豪快な飲みっぷりに
「よ、お姉ちゃん、良い飲みっぷりだな!」と声をかけてくる。

「うるさいわねー。あ、店員さん瓶ビールおかわりー!」
と甲高い声が店内中に響き渡った。

天気予報では今夜は雪だというのにビールを頼む、姉。
彼女の前に季節なんて言葉は関係ないみたい。

「あ、アンナも飲む?やっぱり、こういう店では瓶ビールが最高なのよ。」
「私が飲めないの知ってるでしょ。」

私は私用に注がれた少なめのビールを見つめながら、素気ない返事をする。いつもより声が大きくなるのが自分でわかった。
姉は聞こえてないかのように、続けて話をする。

「ねえねえ、聞いてよ、アンナ。今日会社でさー。」
彼女は喋り出したら止まらない。小さな口から言葉の波が溢れ出してくる。
目を大きく見開き、長い髪は上下に揺れ、身振り手振りを使って、
怒り、笑い、泣き、必死で何かを訴えてくる。
こうなると1時間は止まらない。

普段、なかなか自分の感情を表に出すことができない、私とは真逆だ。
そもそも私たち姉妹に共通点なんてない。顔の形も性格も正反対だ。
高校生ぐらいまで本気で血が繋がってないと疑っていたぐらいだ。
常にマイペースで決して自分を崩さない。私はいつも彼女に振り回されてきた。この人はいつもそうだ。この人は。

気がつけば目の前にあった瓶ビールは何本も空になっていた。

「今日は聞いてくれてありがとう、アンナ。あんたが妹でよかった。」姉はにっこり微笑んだ。

ずるいよ、お姉ちゃん。
私は心の中で唇をグッと噛み、目の前のビールを一口飲んだ。私用に注がれた少なめのビールが生温かった。

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