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【小説「本心」】/平野啓一郎は活動家を描くことから逃げない。

「本心」平野啓一郎

【ストーリー】
母を亡くし天涯孤独になった青年が、VF(バーチャルフィギュア)という技術を使って仮想空間で母親を復元し、その本心を知ろうとする。さまざまな人と出会い、亡き母の実像に迫ろうとする中で、自分のこれからの生き方を見つめ直していく。

【おすすめポイント】
前作「マチネの終わりに」「ある男」でも感じたが、平野啓一郎の小説には一本の話の軸の中に、さまざまな社会問題が巧く盛り込まれている。「マチネの終わりに」ではラブストーリーでありながら、中東地域の紛争や難民問題を突いてくる。「ある男」はミステリー要素を含んだ感動物でありながら、在日コリアンの揺れるアイデンティティや、差別とそれを放置する社会の責任を糾弾する。
正直なところ私は、パレスチナの問題でもなんでも、物書き(特に小説家)と言われるインテリ層が沈黙していることに強い不満を持っていた。私が支持している作家でも、この後に及んで沈黙している(意識すらしていないのだろう)ことにひどく落胆していた。言葉でご飯を食べているくせに、その言葉を権力にぶつけようとしない。個人的には、芸人が政権批判しないこととよりもっと問題だと思っている。
ただ、平野啓一郎だけは違う。彼だけは逃げない。小説家が素通りする差別の問題に真っ向から挑む。そして彼がもっと他の作家と違う点は、アクティビスト(運動家)の目線に立つということだ。前作「ある男」でも、ヘイトデモへのカウンターをする女性が出てきた。
一般の小説家が社会問題を取り上げるとき、どこかふんわりと、《芸術的》に含ませる。だから小説家はその物語で運動家を出さない。運動家を物語に出すとアジテーション(演説)臭くなり、《芸術的》でなくなるからだ。そんな常に芸術やエンタメから忌避される存在を真っ向からぶつけてくるのだ。「ある男」で驚かされたが、最新作の「本心」を読んで確信になった。「本心」では、拡大する格差の中で起こる政治家へのテロリズムも出てくる。それを簡単に否定することなく、主人公は一緒に悩んでくれる。まだ途中なので結論はわからないが、今までの日本の小説家とは問題へ向き合う態度が違うと感じている。
平野啓一郎は信頼していい。彼は私たちを切り捨てない。社会問題だけを見て、それを変えることから目を背けない。直視し、苦悶し、文章に落とし込み、共に歩もうとする。だから活動家にこそ読んでほしい。社会に存在しながらも、一切の芸術から見捨てられてきた私たちと、共に歩もうとする小説家がいるのだから。

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