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冬の静かな夜の道を行くための物語

つい二日ほど前に、
長男から
「母、僕の上靴がもうきつくなったよ!」
とお知らせが届きました。

あれれ、この間体育館シューズ買った時に母は
「上靴は?」
と聞いたような、、、
そしてその時の解答は
「大丈夫!!」
だったような、、、
あれから一か月たったかしら???

なんて思いつつ、
まあ、大きくなるのを怒れないし、と近くのイオンへ。

イオンへ行ったら本屋さんにも行きたくなるもので、
(行かないようにしてるくせにね、、、お金飛ぶから、、、)
そこで一冊、とっても気にな漫画に出会いました。

『うみべのストーブ 大白小蟹短編集』
表紙に描かれたストーブと男性が、自販機の前に立つ場面と、
その下の防波堤?に座る男性とコードがぶら下がっているのに力強く明るく光るストーブのふたコマの絵に物凄く惹かれました。

しかも帯文に俵万智さん!!

これは買いましょう!
とそのままレジへ。

昨日お風呂で読んだんですが、
もう、本当に、物凄く良かったんです!
胸に感情がぐつぐつ湧いてきて苦しいくらいなのに、
涙になって出てくることを拒否されてしまいました。
感情の爆発があっちこっちで起きているのに、ちっとも消火されなくて、頭の中も心の中も膨らんで爆発した様々な色でもう大変、な状況を抱えながらお風呂を出たのでした。

うわー。

この漫画は、7つの短編集で出来ています。
タイトルに在る通り、冬の物語、冬に起点がある物語、冬の寒さが手の先を掴んでいるような気持になる物語が収められています。


『うみべのストーブ』
体温の低い男性と、体温の高い女性の恋のはじまりから、
終わりまでの物語を見続けたストーブがしゃべりだして、1人と一つで海に行きます。

『雪子の夏』
トラック運転手の女性が出会ったのは、人を氷漬けにしないといけない雪女の村の掟に縛られていた雪女でした。

『きみが透明になる前に』
ある日事故で透明人間になってしまった夫。
彼の不機嫌な眉間の皺を見なくてよくなったことを小さく喜んでいる自分を発見してしまうけれど、ちゃんと透明な夫も見つけてあげられる愛があることを発見する話。

『雪を抱く』
赤ちゃんをお腹に宿して、ああ、もうこの子が産まれたら自分は一生自分だけの自分の体を支配する機会を失ってしまうと感じる女性が、
雪に足止めされた同士の女性と銭湯に行く話。

『海の底から』
毎朝出勤に地下鉄を使う彼女は、その時海の底へと降りていくような息苦しさを感じている。大学時代の友人たちは、今も書くことを一番に、それで成功を_もちろん物凄い努力の賜物で_得ようとしている。自分は生活に書くことがなくても満足してしまっていることに悔しさを感じる彼女の内面のピラミッド制作の話。

『雪の街』
友人が亡くなった知らせに、焼き場へ。
彼女の後輩だというデニーズの店員と、冬の夜の街を歩きながら彼女のことを話していく。
「彼女がどこかで生きていてくれれば大丈夫だと思えた」

『たいせつなしごと』
朝、出勤時にどこかからあたる四角い小さな光の影に、足を踏み入れながら
「ひらけ 光のゲート」
と唱える彼女の、たいせつな瞬間が開く場面。


ちょっと不思議な関りがあったり、
なかったり。
大切な人が亡くなったり、
亡くならなかったり。

ただ、どのお話も、
自分が自分を大切にしてきた部分で誰かが傷ついたり、
上手くいかなかったり、
変えなきゃいけないのかなとしんどくなったり、
そういう大小あれど生きづらさのようなものがあるなと感じました。

とくに私が、うわー、となったのが五つ目の『海の底から』です。
物を書くことが生活の最重要の二人の友人たちのことを、
生活の安定を最優先にした主人公の桃さんは眩しく思っています。
二人の成功を羨んでいるというのではなくて、
自分にとっては書くことがそこまで大事じゃなかったのだということが寂しいのです。
彼女に、友人は言います。
「また桃の作品が読みたい。大学の冊子が出たら、一番に桃の作品を読んでいたよ」
だけど桃さんは、
自分にはもう書きたいことがないんだと感じます。

友人たちとの飲み会の帰り道、彼氏さんが待っていてくれて、
二人で帰り道を歩きます。
彼氏さんにその話をすると、
彼は言います。
「桃にとっては、生活の基盤がととのってから書くことを必要に感じるひとなんじゃないかな」
今までは仕事を覚えたり、生活を整えたりが優先だったけれど、
やっとそれが落ち着いてきた頃にはまた、彼女は書きたいことが出てくるのではないか、と。
「何かを作る時は、現実の不安などがふわっと消えて、
心が凪いでいく。そういうことを知ってしまったら、もうそれ無しでは生きていけないと思う」
彼氏さんの言葉に共感する桃さんに、
いっしょになって頷いていました。

物を書く時の、
今まで不安に思っていたことが火の中に落ちた雪のようにふわっと解けてしまう瞬間。
書いている時の、何物にも傷つけられないような感覚。
それを一度でも知ってしまえば、もうその安心感を得られないではいられない。

読んでいきながら、
体の心臓とは別の、それぞれが持っている見えない心臓、感情が流れ込む小さな窓のようなそれに、この作品は、言葉は、ピンポイントで矢を放ってくるな、と思いました。
どれもど真ん中に命中していました。

冬の空気を吸い込むみたいに、少しのさみしさと、自分と世界のくっきりとした境界を意識するような感覚と、それなのにすべてまるごと包まれているような一体感と。
読んでいる間、そんな気持ちに首まで浸かっていました。

一作ごとの最後に添えられた一文がまたすごく好きです。



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