冬よ負けるな
今年の冬は暖かった。いわゆる「暖冬」というやつだったのかもしれない。
それゆえ僕が大好きな「冬のにおい」を感じなかった気がする。
ここで言うにおいは嗅覚的な意味だけでなく、冷たい風が乾燥した肌にあたる感覚や張り詰めたように寒く澄んだ空気の中で吐くと白く染まる息も含まれる。あれこそが僕にとって冬の醍醐味で、冬が好きな所以だった。
それを感じる事が出来なかったのは「今年が暖冬だったから」だけではない。
僕が感じていた冬のにおいは、原付に乗る事でそれを最大限に引き出していたのだ。
冬の原付は割と地獄だ。
その身一つで冬の極寒の風を最大30km()で迎え撃つのだ。ヘルメットのシールドを開けようものなら冷たい風が顔面に直撃して痛いし、閉めようものなら曇って目の前が真っ白になり何も見えなくなる。
僕は大学生になってから昨年まで約5年間、多くの時間を原付に乗って過ごした。
そもそもデリバリーのバイトをしていたし、通勤通学、友達との遊び、ライブ会場、挙げ句の果てには東京から京都まで原付で行った。原付との別れは、かなり心にくるものがあった。
冬の朝、原付に乗りながら聴く佐々木恵梨さんの『ふゆびより』は格別だ。
シンとした空気、冷えすぎてまともに動かない指先、切なくも心が温かくなるメロディ。
今年の冬は原付に乗っていないし、この曲を聴いてもいない。冬が来ないまま春が来てしまったみたいだ。冬は来なくとも春は来るのだ。僕が冬眠をしなくとも春は来るのだ。
朝から綺麗なスーツを着た新社会人達が緊張しながら歩を進めていたし、帰りの電車では「レクリエーション疲れた」「もう2週間くらい経った気がする」なんて会話している新社会人達がいる。
彼らの未来が輝かしい事を願う。
冬よ、温暖化に負けるでない。
君を待たんとする者がいるのだ。
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