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流動詩集

100
いずれ詩集に収録するだけの質を備えていると自分で判断した近作を載せていきます。
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記事一覧

どんなに醜い人でも
人を愛することができる
愛することに資格は要らない
愛は誰をも美しくする

どんなに迫害を受けている人でも
人を愛することができる
傷だらけの愛には
傷の数だけ幸福が宿る

どんなに年老いた人でも
人を愛することができる
愛は決して衰えることがなく
愛する人はいつまでも瑞々しい

どんなに絶望している人でも
人を愛することができる
愛することは諦めなくていい
すべてを失っても愛

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ゆるし

生まれてくることを
たくさんの罪行を
積み重ねていくことを
風の広がりそのものである
行政官にゆるされたときから
私も同じ分だけ他人の罪行を
ゆるすよう定められていた
私は未来に向けられた契約を結んで
この世に生を受けたのだ
この契約書は今でも
あの風のどこかに表現されている

いくら他人がゆるそうとも
自分の罪は大風として吹き荒れ続け
不動に残り続ける
だが他人が自分に対して働いた罪なら
まだ柔

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絶望

世界中の海から集められた
追いきれない広さと迫りきれない深さ
あるいは群れをなす魚の一匹が発した
どこまでも届く一瞬の輝き
そういうものが
個人のはるか遠くまで開け放たれた
借り物の一室に湿り気を届ける
それが絶望だ

絶望は一つの生命を持ち
個人の生命と交信して渦を分かち合う
絶望から贈られる湿った渦の構造は
極めて難解で飛散していて
個人の人格はそれを収集し解明するために
どこまでも低い沙漠へ

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外傷の朝

こんなに晴れているのに
こんなに暖かい朝なのに
激しく雪が降っている様子がはっきりと幻視される
今日は真冬

すべてのものは明らかに死んでいる
ただ物質が動いているだけなのに
生命を持っていることを疑わない
生命を成立させるあの躍動が
すべてのものに欠けているのに
すべてのものは自分が死んでいることに気づかず
小賢しく生活を続けている

俺は悪者でいい
嫌われ者でいい
被害者でいい
世の災厄を一身

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人のいないオフィス

人のいないオフィスで
ただ一人沢山の暗号を受け取っている
私は組織からはぐれたかのように一人働いているが
その実は組織をつなぐ要となるために
組織により深く入り込んで一人になったのだ
その組織の要に送られてくる無数の暗号

明滅するLED
持ち主不在のパソコン
静寂を埋める風を受けたブラインドの騒音
すべてオフィスにあるものは
幾分膨張し人間の領域に踏み込みながら
ひそかに暗号を送りつけてくる

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裏切り

裏切りは
地の果てへといずれ続く
人のいない棺
花々でいっぱいだけれど
人間が不在である
次々とメロディーを殺戮していく
華やかな波動

私は人を裏切ったことが
愛する人を裏切ったことが
そして私自身も裏切ったことが――
棺には失った愛の形だけが詰められ
強雨と海との境目に
つまりは私の流体時間の研ぎしろへ
結ばれなかった二つの愛の末尾を
別々に棺は流れる

私は人から裏切られたことが
信じていた

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符合

疲労は人間を一つの謎にする
混沌とした問いかけの集合として
人間は解決されないまま宙吊りとなる
そのようなときには音楽が必要なのだ
音楽の一つのフレーズが
人間の混沌とした問いかけの一つと符合する
問いに対するふさわしい答えとなる
音楽はいくつもフレーズを繰り出して行って
問いかけとどんどん符合していき
人間は解決されて宙づりの混沌から戻され
大地に根差して厳密に構成され
理性と光と規律とを取り戻

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人間の果て

俺はとうとう人間の果て
人間の意味するところの一番端っこで
ようやく意味の体系にぶら下がっている
人間たちよ
そのまなざしをやめるんだ
しぐさをやめるんだ
表情をやめるんだ
お前たちが過剰に発してくる粘着液を
俺はことごとく固化して粉砕している
人と人との情緒のやり取りや連帯は
とても不潔で余分である
人間は宇宙に一人だけいればいい
言葉も発さずただ物質として存在していればいい
そのとき人間は孤独

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働くということ

今日も俺は社会の中で機能して
機能の回転を続けたまま帰途についた
街はみんな俺の味方だ
働く車、働く店に、働く街灯・信号機
働くこと、役割を果たすことについて
みんな平等で親しい

星明かりも人の目の輝きも
イルミネーションや信号灯に等しく
木々のざわめきや風の音も
自動車のエンジン音や踏切の警音に等しい
自然も人工も分け隔てなく機能の連関の中に
大きな輪の中に連帯している
俺もまたひとつの機能と

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倫理

連日深夜まで残業して、さらには上司からの叱責などのストレスにさらされて、私は発すべき声も思考すべき言葉も抜き取られてしまった。朝目覚めて外が明るくなっても、いつの間にか孕んでしまった暗黒に吸収されて、私には幾分も光が届かなかった。私は重力に屈しきれず、地衣類のように朝の底を這いながら、自分の身体の至る所に重く沈殿した社会というもの、責任というもの、労働というものの元素が代謝を狂わせるのに任せていた

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雨の夜

車窓に映る自分を眺める
このスーツを着た疲れきった青年は何者だろう
いや、何者でもない、ただの「夜」だ
何者かでありたいようだが
何者になりたいかも分からず
ただ何者? という問いとしてしか判然と存在できない
私は会社員? 全ては虚構でしかない
過ぎ去られていく

雨の夜、降っているのは誰の涙だろうか
もちろんこれはただの水だけれど
誰かが流した涙だと考えると
この夜を静かに断罪するような
雨の空

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人間の体は労働により徐々に疲労していき
ある真夜中に一つの硬い器となる
器は木ずれの音も雷光もなにもかも呼び寄せて
きれいにその中に収めてしまう
疲労というこの硬い器には
幾つもの突起があって
夜風で飛んでくる他者の息吹のようなものをひっかける
革命は沈降した
疲労は勃発した
器の表面に走る静脈には
労働だけでなく生活や恋愛や享楽なども含まれる
疲労は快楽からいちばん生じるため
そして労働は最も禁

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女子の親友

若い女子の親友二人組
あなたたちのおしゃべりは誰の毒にも薬にもならず
その笑顔は野の花のように何物とも親しい
時間をせき止めることも空間を汚すこともなく
お互いだけに通じるユーモアで呼応して
月のように辺り一面を明るく照らし出す
あなたたちの歩くところで微笑は感染していく
教室も食堂も街路もそこにあるすべてが微笑み始める
あなたたちは微笑の源泉
何物も傷つけず何物も益さない
利益や害悪の応酬に疲れ

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真昼のビルディング

真昼のビルディング!
光があかるく暴くすべてのものを熱として放射し
時刻がリズミカルに告げる難問をその構成で反駁し
太陽の地上への君臨をその巨きさの中に摂り込み
青空が拡散していくのにあわせて自らの広がりを拡散させる
澄みきった建築的情熱が今
街中の道路に素早く流し込まれていく

立ち昇った炎の柱でもあり
長い時間をかけて固まった氷の柱でもある
真昼のビルディング
永遠に燃えながら永遠に凍っている

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