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夏の記憶

メモを失ってしまったので、所々しか覚えてはいないが、旦那の実家に帰省して海に行った記憶をたどってみる。


1.出発まで

「起きろ!」
「もう行く?」
「時間勝負なんだよ。早く行かないと駐車場が埋まってしまう」

昨日は夜の11時に出発だし、わたしも旦那も前日は仕事だ。もっともお互いに早上がりした。

この日はばあちゃんの引っ越しに伴う不用品回収業者さん立ち会い→引き上げ後の部屋を掃除→市役所で住所変更→病院で紹介状受け取り→薬局で薬受け取り→買い物→おばあちゃん訪問。
家に帰り子供たちにガミガミ言って掃除をして荷物をそろえた。

それで深夜に出発、10時に海に到着。

いや無理ゲー。

なぜこの時期に旅行をぶっこんだのか。
お盆休みの予定の調整は難しい。

私が残る案も出たが、本当は行きたかった。
そんな時には、だんなは敏感に察知して残る案には首を縦に振らない。
要は決めてるのは自分なのだ。

「ばあちゃん、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい!」
付け加えられた。
「自分を大切に!」

というわけで朝に叩き起こされたが、頭が重く枕に張り付いてる平日とは違い、今日は体が動く気がする。
ここは空気が違う。

眠いは眠いから、ぼんやり車のシートにもたれていたが、前方に海の青発見!
気分が上がる。

正直、もう気力・体力ともに落ちてしまって自分が海に入ることなどもうないと思っていた…。
水着を出せ出せ→なくした→買え買えと言われるが、おばあちゃん騒ぎで気力も湧かない。

だが思い直して買った。
四点セット+上下ラッシュガード+サングラス+つばの広い帽子。

完!全!防備ッ!
貧弱!貧弱ゥ!

車で狭い山道をごとごと下っていくと、漁村に縁取られた青い海岸線が広がっていく。
駐車場はほとんど埋まっていて、あと数台とのこと。
危ない所だった。


2.到着

「砂浜じゃないんだ」

岩の多い、ゴツゴツした海岸だった。

「台風が近付いてるから遊泳禁止になってるかと思ったけど大丈夫だったなあ」
テントを立てるも、灼熱の太陽の下でさほど暑さを感じない。
完全防備は正解だった。

足までびっちり覆い、ラッシュガードのフードをかぶって帽子だから、もはやこれはブルキニ
「地元の海女さんだよ」
と言われたが、これが効いた。
最後までわたしが一番体力が落ちなかった。

シュノーケリングベストをつけて海に入る。

台風が近付いている影響で波が荒い。
大きいのが来た!
あっという間に大きな波にのまれ、右に左にゴロゴロ転がって岩にガンガン打ち付けられた。

死んじまう。

命の危険を感じた。
ただの波打ち際なのにこのザマだ。
ベストが水に浮くのでコントロールできない。
監視員さんに助けられて体を起こすも、後ろからまた波が襲う。

テントの所へ上っていくと旦那が下の子と浮かない顔で戻ってきた。
同じことを思っていたらしい。

「これやばいね」
「危険だわ。むしろ溺れる」

というわけでシュノーケリングベストは出番がなくなった。
もっと凪の海、しかも砂浜で使うべきだった。

かといって泳ぎに自信があるわけでもなし、不心得者は浮き輪を使う。
ふわっと波に乗れてうまくいった。
浮き輪の上から頭を伸ばしてシュノーケルで海の中を覗く。

澄んだ薄緑色の世界に、魚がついついと背びれを振って泳いでいる。
すぐそこに岩がゴロゴロしているように見えるのに、足を伸ばしてみても届かない。

何だろうこれは魔法の国?
鏡越しに頭と手を突っ込んで別世界をさぐる。
岩から海藻が立ち上がり優雅に体を振っていた。


3.洞窟

私と同じく身の危険を感じている下の子を連れて、さっきから気になっている洞窟の方に移動。
上から撮影してみた。

「入ってみたいね」
「本当にね」
(この波では岩壁に打ち付けられて大変なことになるだろうな…)

下の子は「ツバメ号とアマゾン号」を読み終えたばかりなのでわかってくれるはず!あの洞窟を帆走したいという気持ちを。
(まあ…もしくは横溝正史かな…)

波が打ち付ける洞窟の向こう側が見えると興奮が高まる。

「あっ!!何かいる!」

下の子、かたつむりを発見!

で、でかい…。

岩ばかりの崖の下に転落しているから、海に投げ落とすか川の方まで戻って草むらに置いてやるかの二択。


4.ため池状の岩地

かたつむりを川の方に放してやって戻ると、かなりの腕前の上の子もひと泳ぎして帰ってきている。
下の子は危ないので、場所を変えてため池のようになっている所に移動した。

しかしその場をため池にしている岩の向こうは直接、外洋に接しているから、半端なく凄まじい波がぶつかっては消えている。

目を離せない。
ここではシュノーケルベストは役立った。
使い所を間違えていた。あれはもっと波が穏やかな日に使うものだ。
なんにしても海は一歩間違えるととても危険だ。

はじける波の音が絶え間なく響いている。
上の子はどこに行った?

呼ぼうとすると、海から離れた場所で、激しい波が見通せる岩場に座り込んでいる。
何をしているのかと思えば、スマホを掲げて海に向けていた。
その向こうには、カメラを抱えた男性が立っている。

二人とも微動だにせず、ファインダーをのぞき込んでじっとしていた。
声をかけるのもはばかられる。
とても入り込めない。
世界に入ってしまっている。

(私は上の子ほど上手くは撮れない。もっとどっぱぁぁぁん!となっていた)

ため池に監視員さんがやってきて、下の子たちに何が話していった。
下の子がテントに戻ってくる。
「何て?」
「波が荒くなってきたからここでは遊ばないでねだって」
「そうか、仕方ないね」

そこに旦那が戻ってきた。
「まあ見ててごらん」
見ていると、監視員さんが背中を向けて去って行った途端、あっという間にわらわらと人も子供も戻って来た。
「いや危ない」
「この岩場の内側なら大丈夫だよ。みんな知ってる。あの岩の外に出ると危ない。大人でも波にさらわれる」

ここで十二時。
そろそろ引き上げ時だ。


5.海の記憶

海岸沿いに設置されたシャワーを浴びて、車に戻る。
義理実家はここから車で10分程度なので水着のまま帰ることにする。
タオルと新聞紙を敷いたが、この暑さだ。
もう乾きかけている。

海への道沿いは車が並んで長打の列になっていた。
早く出てあげないと。
車のエンジンをかけた瞬間に、頭の上でけたたましくサイレンが鳴った。

「遊泳禁止だ」

タイミング良すぎ。
入ってから出るまでばっちりだ。こんなことはそうあるものじゃない。
長打の列をしり目に帰途に付く。

帰り路に寄った港で、ブイに留まっている鳥を見つけた。

「鵜だ」

一人(?)、海の真ん中にじっと立って小魚を狙う。

突堤からのぞくと、青いさかなの群れが右に左に体を動かして泳いでいた。
不思議なことに網ですくって陸にあげてしまうと、あれほど鮮やかに青かった鱗は茶色くなり輝きを失ってしまう。

手に取ろうとするとこぼれ落ちるものなんだな。
写真もそうだ。記憶とは微妙に違う。
ただ、記憶を呼び起こす鍵にはなってくれる。

いま、これを書いているこの時にもあの激しい波の音と照りつける陽射し、足の下にあるゴロゴロした石の感触がはっきりと思い出せる。

自分を大切に、か。
ばあちゃんは自分を大切にしてる?

さよなら、海。
夏の記憶。
明日があるかなんて誰にもわからないのだ。


おわり


いつもよりちょっとレポ風にやってみた。


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