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心療内科の話

 研究のことが落ち着いたので、のらりくらりと引き延ばしていた心療内科の診察へ行った。
 病院は繁華街の中にあって、平日のお昼前でもとても混んでいる。青緑色のソファに座ったり立ち上がったりしながら、あたしはADHDらしく落ち着きなく周りの人たちを観察する。心療内科に来る様々な人たちを見ているとなぜか安心する。ここに来る人たちは仲間だ、とさえ思う。

 今日はとりわけ混んでいる。せまい待合室はたちまち人で溢れる。何だかここは都会の影みたいなところだ、と思う。
 場所柄、患者はお勤め人が多い。パリッとしたスーツを着た人も、OL風のファッションに身を包んだ人も、みんな例外なく心を病んでいる。とても不思議だ。
 どこか極端な人たちもよく見かける。ものすごく痩せてほとんど骨と皮ばかりの初老の女性と、ものすごく太って歩くのも億劫そうな中年の女性。それに、座ったら座席に毛束がつきそうなほど髪の長い若い男性。
 みんな仲間だ、とあたしは思う。困りごとや苦しみを見えないところに隠している人たち。 

 あたしはADHDの中でもめずらしく、そのほかの精神疾患を併発させていない。類稀なる能天気な性格のせいだ、とみんなが言う。この心療内科のお医者さんは「いい性格してるねぇ」と言う。それが文字通りの意味なのか、皮肉なのかは分からない。細かいことを考えるのは苦手だ。
 今日は定期検診をかねて睡眠薬をもらった。あたしの唯一の困りごとは睡眠で、うまく寝ることができない。「ADHDの人は寝るのが苦手な人が多いよ」とお医者さんは慰めるように言う。「いろいろな考えが浮かんでくるもんねぇ、寝れなくなっちゃうよね、困るよねぇ」と。
 しかし薬で改善するなら、それは特段の困りごとではない、ともあたしは思う。

 同じ待合室にいた他の人たちがどんな悩みごとでここへ来たか、あたしには分からない。脳を休ませ、休息にいざなうあたしの睡眠薬は濃いピンク色をしている。
 帰り道。あたしは、あたしの仲間たちにも平穏な夜が訪れればいいのに、と思う。それがたとえ薬によって人工的に作られた平穏でも、ひとときの平穏の中でまどろんでほしい。

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