最高に幸せな出産の記憶 ~(長女編)~

「おてて握り合わせて、お祈りのポーズやねぇ」

この世のものと思えない激しい痛みの後に聞こえたのは、産まれたての娘を体重計に乗せる助産師さんのうれしそうな声だった。

残りわずかな力を黒目に込め、その姿を捉える。

小さなてのひらを合掌させ、本当にそのとおり。

「妻の足ががくがく震えてるんですけど・・・?」
「力みすぎたのかな。大丈夫ですよ」

夫は、本当は立ち会うつもりはなかった。なんせ、ドラマの流血シーンで顔を手で覆う人だ。そして私自身も、苦しむ姿は見られたくなかった。

が、陣痛室から分娩室への展開があれよあれよと進み、なぜだか立ち会うはめになった。

 いざ分娩が始まると、夫は頼もしかった。いきみで声をあげてしまうと

「声だしたらあかん!力入らへん!」

などと、大事な時々で喝を入れてくれた。

朝の7時過ぎ。夫が勤務先に出産の報告の電話をしに行った。

「雪降ってるで」

夫からのその知らせに、私のマタニティハイは解禁された。

「雪が、赤ちゃんの誕生を喜んでるみたい。」

こんな、ちょっぴり鳥肌がたちそうなセリフだって浮かんじゃったのだ。

無事に産むことができた安心感

これ以上、どこも、1ミリたりとも動かせそうにない疲労感

体のどこかからこぼれてしまいそうな幸福感。

とにかくいろんな、自分の体に備わっていたであろう感覚が、私史上初めて開花したような。

体験したことのない、得体のしれない感情たちに支配されている自分。

これが、自分の身に起こっている現実だと認めるのに幾分かの時間がかかった。

 そんな私の胸元に、小さな小さな赤ん坊が添えられた。産毛の生えた頭が、心地よく頬に密着して、あたたかい。

初めて乳を加えさせた。誰に教わっていたのだろう。こちらとしては、出ている実感が全くわかないその乳を、あきらめずに吸い続けている。「こんなんでいいんすか?出てます?」と、時間が経つに連れ、なんだか申し訳ない気持ちになる。それでもなお、私の赤ちゃんであることを時間をかけてわからせようとしているかのように、ずっと、ずぅーっと、チュウチュウチュウ・・・。

その日、ハイ状態の私がぼーっと病室から眺め続けたのは、ビルばかりの灰色の空の上から、冷たい雪がパラパラと降りてくる四角い景色。無機質なはずのそれが、私の心を彩る、忘れられない記憶となった。

あの頃赤ん坊だった、今や9歳の彼女。
テレビばかり見て、次の日の時間割りもしないで、ドライヤーもしないで寒い寒いだなんて。時折私の怒りポイントを刺激してくる。


やっとこさ、寝床に入った。不思議と、寝顔だけは赤ん坊の頃のまんま、変わらないなぁ。そんな時にふと思い出す。

あぁ、あの日の朝、極上の幸せをくれたのは、間違いなくこの子だった。と。

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