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ぼくとおじさんと - 老害もいいものだ

番外編②老害もいいものだ ep.2

日本が、地理的にも遠い国に対してここまで国家的な支援体制を取ることに不自然さを感じていたが、僕たちの身近なところではどうなのだろう。
「ウクライナ戦争では、報道されない事が多くて、ロシア悪しの報道ばかりだが、日本の危機という事ではどうなのですか。台湾とか北朝鮮が新聞記事に事欠かないけど。」と、僕は訊ねた。
今度はおじさんが答えてくれた。
「今は、台湾危機と北朝鮮危機がウクライナの戦争を軸にマスコミがこぞって報道しているね。
中国に関して、1972年の日中共同声明で「一つの中国」を日本政府は承認し、台湾を切り捨てが日本政府の公式見解だ。そこでは日本に対する戦争賠償請求は放棄されている。
「一つの中国」の中国を認めながら台湾危機をプパガンダする日本政府に対して中国は不信感を持って対応している。本当の危機とは、何だろうか。
また、尖閣諸島に関して田中首相は訪中時に周恩来首相との会談で、周首相から『難しい問題だが、今解決できなくとも将来賢明な指導者が解決するだろうと。』と言われた
が、2012年に東京都の石原知事が尖閣諸島購入計画を出し、その後日本政府が国有化したことで今話題になるような日中の領土問題が始まったと言える。
また、北朝鮮の問題も冷静に考えなければならないのだが、政府・マスコミの一方的なプロパガンダが先行していて、今は国民がそれに飲み込まれていると言っていいと思う。
38度線が休戦ラインであるのに、戦争をしているアメリカが敵国朝鮮に核やミサイルに注文を付けるのもおかしな話なのだが、日韓米の共同演習の中で「金ジョンウンの首切り部隊」を入れているのも朝鮮を激怒させている事の一つだし、あくまでも交渉相手のアメリカに届く大陸間弾道ミサイルの開発を、日本に落ちるとか日本に向けているという報道は日本の意図的に流されたデマと言う他にないだろう。」
「じゃあ、その流れでおじさんに聞くけど、戦争反対の立場で38度線の休戦ラインを、朝鮮戦争停戦から70年も経っているので、この辺で平和条約を結び38度線を平和ラインとして北朝鮮、しいては統一朝鮮として世界の友好国として認め、南北統一をさせてあげたいけど、この辺は今、どうなんですか。」
僕の問いかけにおじさんが答えてくれた。
「アメリカとしては核の保有が気に食わないのだ。
核を作る原子炉の開発とミサイルの放棄を前提に考えている。
北朝鮮にしてみれば武装放棄して無防備で条約に当たるのは、敗戦国日本と同じことになることを恐れているのさ。武力を持つアメリカに対して無防備になった北朝鮮の関係を考えたら分かるだろう。交渉するなら両手を挙げて来いと言っているようなものだ。
核とミサイルはアメリカを対象に考えているので、それさえなければ同じテーブルに着きそうだが、日本は日本の危機とばかりの宣伝をしていて、平和交渉をする気がない。
それと、アメリカが38度線の休戦ラインを保持しようとしているのは、平和条約が成立するとアメリカが韓国に基地を置く理由がなくなるからね。
平和なところに軍事基地は必要なくなるからだ。
韓国のアメリカ軍基地の目的は、北朝鮮向けだけでなく中国、ロシアへの前線基地の意味が大きいのだ。
また、日本が38度線の解消―平和条約に向けて消極的なのは、南北が統一されると現在の南北の潜在的エネルギーと経済力に日本が圧倒される事の不安と、北からの戦時賠償請求への不安からだと言われている。韓国には莫大な戦争の保証金をつぎ込んだからな。
言っておくが俺は北朝鮮、金日成万歳派じゃないからな。日本の報道を見ているとおかしく偏向しているよ。国際放送を見ていると良く分かる。」
続いて高木さんが話し始めた。
僕に話すというより自己確認の言い方だった。
「それと、現代の危機的状況と言っているのは、特に国際金融資本の動きだ。
日本は黒田日銀総裁の下で、景気浮揚のために国債の大量買い付けをして日銀券を増やしたわけだが、市中銀行では不景気で借りる企業もなく、持て余して日銀共々株買いを始めて今では東証の株の半分まで日銀券を入れ込んでいる状況だ。
東証の株主の外資は三割ほどだが、東証の売り上げの八割は外資だ。外資にお金を貢いでいるようなものだ。
外資でいえば、今の大手の企業の株に外資が食い込んでいる。投資家の利益保持で成り立つ外資系投資会社は、日本の企業の内部留保を食い荒らしている状況だ。もの言う株主の多くは会社を食い物にする外資系投資会社が多いのも事実だ。
だから外資を呼び込むための官製株価を維持するために今、世界の銀行で公定歩合を上げている状況下でゼロ金利で恩恵を被っている資本家のために足を合わせて公定歩合を上げる事ができず、据え置きのままだ。
アメリカの状態次第で株価の暴落が起きて、東京証券所から膨大な国際金融資本即ち外資が一斉に引きあげる事になると、かっての世界の大恐慌に陥る恐れが大きいのだ。
しかもアメリカの国債の多くは日本が買っているわけで、ダブルパンチなんてもんじゃ済まないのだ。」
高木さんは経済に強いらしいが、僕は普段、新聞を開いたり経済のことをそんなに深く考えた事も無いので、教科書で頭の中をおさらいするしかないだろう。
しかし、日本が半独立国、植民地という言葉もそうだが、これはおじさんや老人たちが一方的に思い込んでいる事なのだろうか。どう考えても、今の僕には反論できない。
ただ、株を含めて大暴落の危機と言うのは捨てておけない。経済が大混乱になったら仕事はおろか、食い物が無くなり食えなくなる。文乃が可哀そうだ。
「おじさん、分かった。
それじゃあ、その危機的状況に対して僕なり僕たちはどうすればいいの。」
僕は難しい議論には参加できないけれど、自分たちが一人でも助かる方法があるのかが一番の問題だ。
安堂のおじさんが腕を組みながら口を開いた。
「さっきもその話をしていたのだ。
戦争を準備するような今の政府に対して、野党は何もできないでいる。必死で抵抗したと言っても、国会を通過させたら何の意味もない。国民を不安にし、最悪の状態にしないためにも、政治に対しても経済に対しても俺たちに何が出来るのかを考えなければならない。
与党も野党もダメならしょうがないと、あきらめたり投げ出したりしていていいのか。
俺たちは高齢で、余生も後何年もないかもしれないので、こうして愚痴っていればいいのだが、子供たちや孫という残された人々に何をして上げられるのか。
人生、のほほんと生きて来て、孫たちに辛い思いをさせる社会は、何もしなかった俺たちの責任でもあるのだ。」
「別におじさんたちの責任でもないよ。僕たちが選んで政治をやっている人たちの責任だし、もっと言えばそんな政治家を選んだ国民の責任でもあると思うよ。」
おじさんたちが責任を取って済む話ではないと思って言ったのだが、いきなりおじさんが口を挟んで来た。
「国民まで責任取るというのは言い過ぎだ。
武志も訊いたように、そして安堂さんも言うように、政治がおかしい、与党も野党もダメなら俺たちは何をすべきか。世の中が人為的な天変地異で混乱する前にやることは唯一、国民の立場で考える事だ。
僕たちは主権在民、国民として何の不安もなく幸福に生きる権利がある。
それならば国民としておかしいと思う政治に異議を表明し、一人一人が立ち上がって大きな流れを作って自分たちが投票して議員になった人たちから無能な議員の権利を奪い返すしかない。俺たちが大きな塊として国政に向かい、俺たちの思うことを堂々と主張していかなければだめだ。
国民の大きな流れを作れば、与党も野党も自分たちの主張や政策も、その流れや規模に対して従わざるを得なくなるだろう。また、その過程では、これまで議員にお願いするという関係が逆転し、議員が我々の大きな流れの主張を聞きに来て流れに入ろうとするだろう。
俺たちの主張は難しいものではない。
戦争をしてはいけない。平和憲法を守ろう。隣の人も含め人間を大事にしよう、というところから始めていいと思う。」
おじさんは空になったコップに水を注ぎこみ、一気に飲み込んで話し終えた。
今度は安堂のおじさんが続ける。
「国民の大きな潮流作りは大賛成だ。それなら俺たち老人が死んでも、続けていけるからな。
しかもそれも誰もが分かる、簡単な言葉で始める事だ。
簡単なことを解決するために、本来の政治活動があったはずだが、政治が問題を複雑にしてしまった。
誰もが分かることから始め、誰もが分かる言葉を合言葉にして人を集めよう。
そして、武志、おまえたち若い人たちが軸になって進めてくれ。
俺たち老人では、若い人たちには老人の言う言葉では付いてこないだろうと思っている。
だから若い人の言葉で進めてくれ。」
「安堂さん、若い人の言葉とはどういう意味ですか。」と、高木さんが聞く。
「俺たちが若い時は、小さい時から親や周りから戦争の話を聞いていて、その悲惨な結果も耳にしていた。だからベトナム戦争でも反戦という言葉を通じて戦争反対と言うのは誰の心にもにも響いて、自然に反戦デモに参加したもんだ。
今の若い人に反戦と言っても戦争の実感覚がないからピンとこないだろう。
戦争をしてはいけない、と言うことと反戦は俺たちにはストレートに響くが、今の若い人には戦争をしてはいけないと言うだけで響くかもしれない。その上で現在軍備を進め戦争ができる状況と言うのは、自分たちが戦争に巻き込まれるということにつながり、とても怖いことだという事が分かるだろう。
だから俺たちがしゃべる言葉ではなく、若者が賛同共感する簡単な言葉で流れづくりをしようという事さ。」
おじさんたちのいうことは良く分かる。それなら僕にもできそうだ。
でも、誰がいつから始めるのだろうか。
おじさんたちに任せたら、気が付いたら始める前に死んじゃっているかもしれない。
だからおじさんたちも参加できるように、早めに簡単に始めるのがいいのかもしれない。
安堂のおじさんが話を進める。
「街頭行進から始め、数を集めていくことだ。
数にこだわるのは、選挙と投票率で考えてごらん。
50%にも満たない投票率で、そのうち30%を取れば当選する党や人は全体の15%の支持しかないわけだ。つまりその他支持しない人は85%もいるという事なのだ。
半数近くの選挙に行かない人及び無関心の人が多くいて、わずかな支持者で議席と政権を取ったと思い込んで政治を運営している人に、本当の庶民の怖さを知らしめるために数の力を思い知らせなくてはならない。
特に現在の小選挙区制では、人ではなく党に投票することになる。
そして与党の政治が駄目だと思っている人の多くも、野党が不甲斐ないのでしょうがなく政権政党の与党に入れることになる。現状が変わらないだけで、図に乗った与党が好き勝手をしているという今の姿だ。
数があれば、政権も政策も倒すことが出来る。
地方自治法では有権者の五十分の一以上の署名を集めると条例の制定や改廃などを請求できるので、これも数の力で国会でもスイスやイタリアやアメリカのような国へのイニシアティブ制度を要求することもできるだろう。
だから最初は数が少なくても、SNSなどでしっかり宣伝しながら数を増やしていくことだ。」
安堂おじさんの話が終わり、皆が一息ついた時に僕は安堂おじさんにお願いをした。
実は、以前から安堂のおじさんが色々やっていることに興味があり、一度時間をもらって直接話を聞いてみたかったからだ。
安堂おじさんは、自分には時間があるからと快諾してくれたので、会える予定日を決めることにした。
長年生きて来て得た経験を、僕も聞く事で共有したいのだ。僕も最近後輩から色々聞かれることが多く、そのことの対策や実例を、安堂さんやおじさんたちに聞いてみたいと思っている。特に最近増えているのはマンションの管理組合理事の問題。初めての経験なので皆困っているのだ。持ち回りだが、必ず参加しなければならない事になっている。
おじさんたちには悪いが、老人の余命は明日が知れない。知識や情報として受け取る物は早い方がいいだろう。それはおじさんたちが提案した、先ほどの庶民の求める政策大行進でも同じだ。
話がひと段落して目を移すと、窓の外の景色が陰っているのに気が付いた。
当のおじさんたちはまだまだ元気なようだ。持ってきた酒をちびりちびりと飲んでいた安堂のおじさんが「腹が減って来たので食堂へ行こう。そこで改めて酒でも飲もう。」と提案していた。話はなおも続きそうだ。

そんなに時間が経ったとは思わなかったが、僕もおじさん達との話に参加したせいかお腹が空いて来た。
今日は文乃が早めに帰って来る日だ。
電話をして、文乃が好きな牛肉でも買っていこうか。
すき焼きでも食べながら今日の話をしてみよう。おじさんたちの老害の話かと思ったが、元気な”ローレン、ローレン、ROW GUY”の話だったと言えば文乃笑うかな、ダメかな。
長い携帯の呼び出しだったが、文乃が出た。
携帯で話ながら外に出ると、雲は薄く空に拡がり、延びた雲の端にかすかに赤みを帯びた夕焼が見えた。
食事をしたら二人で公園を散歩してみよう。

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