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ぼくとおじさんと - 老害もいいものだ

番外編②老害もいいものだ ep.1

今日は僕の定休日だ。
ぐっすり眠れたので、10時をめどに飛び起きて布団をたたみ、文乃が用意してくれた食事をとって今日の予定を考える。
図書館で本を探すか、おじさんの所に寄って本を借りるか、いずれにしても、まずおじさんのマンションを目指そう。本は駅前の公園のベンチでコーヒーでも飲みながら読もう。
外に出ると灰色の雲が空を覆っていて、湿気のある風が頬に当たる。夏なので蒸し暑いのだが、人だけが混み合う町中に吹く風は、どこか人の吐く息と街路樹の木肌が混ざった独特の臭いを伴って、トボトボ歩く僕に茹だるように吐きかけてくる。
山路地や湖畔の水辺に吹く風は、それでも自然な感じで肌に優しいのだろうが、都会の風は人混みとアスファルトをない交ぜにした人工的な空気の塊を千切るようにして吹いているような気がする。都会に住み、町中で受けるウットウしさのひとつだ。
おじさんのマンションに着いたが、いつもはベランダの椅子にその姿を見るのだが今日は居ない。
一階なので低い木立に寄り掛かり、芝生越しに中をのぞくとベランダに続く居間で男三人が何か議論をしているのが見えた。
僕に気づいたおじさんが手招きをしている。
そのまま玄関から台所へ行き、冷蔵庫を覗いて冷えた缶コーヒーを見つけて手に持って居間に向かった。
居間では三人の老人が唾を飛ばし合って議論をしていた。
おじさんの所は駅やバス停が近いこともあり、いつものように悪ガキのような「老人たち」が入り込んでは色々話をしている。
みんな耳が悪いのか、声がでかい。彼らが老人であることを知らない人が聞くと怒鳴り合っているように見えるが、三人とも普通に話をしているのだ。
今日は、おじさんより一回り年上の安堂のおじさんと、死んだ親父の同級生の高木さんが来ていた。
僕は部屋の入り際に置いてあった椅子に腰かけ、ソファーに座って議論している三人の話を聞く事にした。
声を出す事は体に良いことで、議論をする事は認知症の予防でもあると以前安堂おじさんが言っていたが、三人とも若者顔負けの元気さだ。
当のおじさんは僕に気をかけることもなく、残りの二人も古くからの顔見知りのせいかチラッと僕を見ただけで、話を続けていた。
「それぞれの政党の話をしてきたが、結論としてはどこもどんぐりの背比べで、国会の議論を見ても新聞を見ても独裁政党の強引さに、野党は負けっぱなしだ。
与党に対抗しうる野党がないことが現代の危機を招いているのだ。」
安堂のおじさんは意気軒高だ。
「党の綱領や掲げている課題も結局はカラ文句で、単独政党の独裁をこのまま見過ごしてしまうのかの判別と、国会内だけでなく広く国民を引っ張る政党の力が今問われていると思う。」
高木さんが安堂のおじさんに同調しているのか、それとも新しい問題提起をしているのか僕にはわからないけれど、一つの方針提起だと僕は感じる。
こんなに熱くなりながら議論することは僕たちの世代にはあり得ない事なのだが、たとえ年寄りでも何事にも熱くなることはクールに生きている僕にとって参考になるので、もっとやってほしい。特に長年生きて来て色々な経験や知識は、僕にとって読書に勝るものだ。
「それぞれの政党の評価ではなく、政治をどう動かすのか、何が政治を動かすのかを考えたい。そこに国民がいるのかということが重要だと思う。
結論から言ってしまえば、まず経済、そして民政の安定だろうね。
国内政治や経済の混乱を、外国や国際情勢のせいにしているようじゃ、政治家じゃないよ。政治家でいえばどのような国づくりのビジョンを持っているのか、百と言えば大げさなような気もするが、百年の大計を持っているような、そんな政治家がいるのだろうか。それを国民が納得して付いていければ、当面の厄も気にはならないだろう。
そういう政治家がいるのかどうか。それは政党以前の問題なのだろうが、現実は政党からの保護と金に頼る政治家しかいないのではないか。それは野党も同じで、政治を論じる前に人間、どのような国づくりのビジョンを持ち、どのような政治をしようとしているのかは、政治をつかさどる人間の問題にたどり着くのではないか、と私なんぞは思うのですがね。」
おじさんは先輩を敬っているのかクールなのか、僕にも分かるようなことを言っている。
「確かに今の世の中、政治家もマスコミもすべて他人事、すべてが評論家になっていて、やった事の責任を誰も取らないで済ましているよな。
不景気で人が苦しんでいても、経済政策をやる人も官僚も誰も責任を取らない。あたかもギャンブルをやっているみたいだ。ところが吉と出るか凶と出るかで国民が犠牲になる。そして政策のサイコロを振った人間は知らん顔。吉と出れば出しゃばるくせにね。」
高木さんらしい皮肉だ。このおじさんも面白い。
「まあ、政治家も官僚も、そして今では人事権を御上に握られている裁判官もそうらしいが、政府なり御上には頭も上がらず、安定して高給をもらう生活のための仕事をしているという事だろうね。
政府の中に悪名高い新自由主義者がいたり、アメリカのロビー活動で暗躍している世界の金融界の旗頭がアメリカ政府の重要なポジションを取ったかと思ったら日本の政府の相談役にもなっている現実は、単に政府、政局を評論するに終わるのではなく、我々の現実的な危機として考えなければならない。」
安堂おじさんの吐く言葉も熱くなってきた。
「なんせ、日本は半独立国、アメリカの植民地だからな。」
高木さんも熱く言い切る。
僕は慌てた。
「あれっ、日本は独立してないの。」
安堂おじさんは僕を諭すように言う。
「我々が学生時代、安保反対で政府と戦っていたのは武志も教科書で知っていると思うが、安保条約と言うのはアメリカ本土を守るため、日本の領土、即ち陸・空・海どこも前線基地として自由に使える事を明文化したものだ。
日本中全国、どこにでもアメリカの基地は作れるし、基地内は治外法権。ここには犯罪者が逃げ込めば警察も手が出せない。空も勝手に使える。俺が北海道に戻るにも羽田から千葉を大回りしていくが、横地基地のエリアを避けて飛行しなければならない。
なんせ砂川裁判でも分かるように、国際条約、即ち安保条約は憲法の上に存在しているからな。」
「軍事的には、分かるような気もするけど。経済的には自立しているでしょう。」
僕もむきになってきた。
すると高木さんが口を挟む。
「戦後日本が経済的にも自立したように見えるが、貧乏で無一文の日本にまずガリロワ・エロワの巨大な資金と国際銀行からの借り入れで日本の立て直しが始まり、朝鮮戦争やベトナム戦争の特需で日本の高度成長が計られた。
アメリカのおかげで経済復興ができたのだ。
政治でも東京裁判で重刑を課せられるはずの岸信介が何故か免訴され、そのまま日本の政治に登場して首相になり、その流れが今に続いている。悪名高い戦犯の石井細菌部隊も、東京裁判では問題にされなかった。アメリカが囲い込んだらしい。
日本の位置と役割はアメリカの世界支配、世界戦略の中で見なければならない。
イギリスのインド支配は、インド人を頭にした分断統治の植民地政策だった。
戦後アメリカはソ連という敵を目の前にした冷戦を、日本をアメリカの防衛前線として位置付け、朝鮮戦争を通じて国内には警察予備隊・自衛隊を置き、政治的にも米・日合同会議を開いて日本統治に当たっている。この米・日合同会議の出席者はアメリカ軍の高官と日本の官僚だ。
まず、戦後のアメリカの世界支配のネックは国際交易通貨をドルにしたことによる。
ドルがキーカンシ―である限り、アメリカの負債や赤字もドルを刷って垂れ流してきたわけだが、最近になってアメリカの経済力の弱体化や政治力の低迷で、世界の警察としてドルの垂れ流しも行き詰まり、オバマ大統領が『アメリカは最早世界の警察ではない。』と宣言せざるを得ないばかりか、2018年の日米安保条約下での防衛戦略会議で、それまで米軍の支援の存在だった自衛隊の役割を180度転換させて、自衛隊が国を守り米軍はそれを支援する関係に替えてしまった。それは韓国も他の国も同じだ。
確か5年ごとの戦略防衛対策会議だったと思うが、その5年後の2023年岸田首相は自衛のためのトマホークの大量買入れを急遽やらざるを得なかった。
ブッシュ大統領は地方の演説で、岸田首相には3回あって大量の武器を買わせたと大統領選挙に向け得意がっていたが、何も知らなかった日本の国民にとって増税の一方的な押し付けでしかないわけだ。
2022年、昨年だが政府は安保三文書を、多くの批判が高まる中国会で強行採決した。
日本の国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画がそれだ。
財政的な負担はこれから決められる。結局は、われわれ庶民の税金が原資になるわけだ。」
その後を受けて、安堂のおじさんが話し始める。
「アメリカの世界戦略のやり方は非常に分かりやすい。
今問題になっているウクライナに関してもそうだ。
ウクライナを実効支配しているのはオルガルヒだ。ソ連崩壊時に経済顧問をしていたのはアメリカの新自由主義者の学者で、国家所有物を解体しオルガルヒを作り出したが、ウクライナも同じで、1991 年のウクライナ独立以降オルガルヒの独占支配が続き2008年にはオルガルヒの総資産はGDPの85%を占めていたことは周知の事実だ。
知っての通り、ウクライナの大統領は代が変わってもオルガルヒで、ロシア支持と西欧向きの大統領が入れ替わりながら相手の資産潰しに躍起になっていたことも周知の事実だ。そのオルガルヒ自体も危機感をもっていた。
2014年のロシアの侵攻でクリミア半島隷属となり、ベラルーシでのミンクス合意で休戦はしたが、それからの動きが問題になる。
イスラエルの国籍を持つオルガルヒのコロモイスキーは西欧諸国との付き合いが深く、その上自身も軍隊を持ち、ロシア系住民の大量虐殺をしたアゾフ大隊は彼の軍隊で、今は国軍、ゼレンスキーの親衛隊になっているという話だ。ゼレンスキーのバックだ。
問題と言うのは、EUの再編に関しての事だ。マスコミはこの辺を報道しないが、理由があって報道しないのだろう。
トランプ大統領がNATOに支援金を出さないと言ったのは新聞報道で知っていると思うが、実際ソ連邦崩壊でそれまであったワルシャワ条約機構もなくなり、それに対して作られたNATOの存在意義が無くなったのでNATO不要論は後を絶たなかった。
それは、それを支えたEUの崩壊的状況が、それに拍車をかけていたのだ。
要するに、戦後ヨーロッパで起こる戦争の原因が資源問題という事で、その資源の共同管理・共有という原初の考えが、ヨーロッパを一つの連邦国家・EUに無理やり進められた結果、例えばイギリスの離脱という事になった。次はドイツではないかと言う話が真剣に話し合われていたのだ。
経済格差の違う国々で、一つの国の負債や破綻を他の国々が負う事の不条理がそこにある。
ギリシャの国家危機にそれがいえる。
EU本部のベルキーのブリュッセルが統一欧州を官僚的に進めているが、その目的は統一欧州を世界市場の一角にすることだ。内実の違うそれぞれの国々に統一会計、統一EU通貨の強制だった。それがアメリカの世界支配にとって最適の解だったのだ。
だからイギリスの離脱はアメリカにとって大問題であり、アメリカにとってEUの再統一は緊急の課題となった。なんせウクライナにバイデンの息子が大きく関わっていることもあり、その解決をNATOにすり替えた。
まずウクライナ軍のNATOとの軍事演習を続けてロシアとの距離を取ることでアメリカおよびEUとの特に軍事関係の支援関係を作った。
それに苛立ったロシアは、アゾフ大隊のロシア系市民の大虐殺を含めロシア系弾圧に対しての反抗作戦として2022年戦争を始めた。ウクライナ東南部とクリミアはもともとロシア領だったもので、スターリンが勝手にウクライナに付け加えたもので、それまではお互い平和裏に生活していたのだ。東南部にロシア人が多く住んでいるのは当然だった。
ロシアの侵攻侵略、それが口実で欧州は団結せざるを得ず、NTOへの軍備増強をせざるを得ない状況の下、ロシアに対するEUの再統一を選ばなければならない道に踏み出した。
それは、例えばドイツにおける資源問題やエネルギー資源の再検討も含め国家政策の改変までも進めざるを得ない問題にもなっている。
誰が笑っているのか。自らは直接戦争をしないで、代理戦争を仕掛けたアメリカだ。
これと同じことを日本も仕掛けられている。
アメリカのルーズベルトは、戦争をしない事、戦争でアメリカ国民の若者の血を流さない事を公約にして大統領になったのだが、イギリスなどから戦争支援・参加を要請され
ていたが、それまでのモンロー主義と自分の公約で身動きが取れないでいた。
ところが、日本の突然の真珠湾攻撃で多くの米国の若者が死んだことで、その恨みを増幅させ即参戦することが出来た。
その成果は、1929年大不況以来続いた大失業率が解決した事、戦争産業の支援物の飛躍的拡大でドルの基軸通貨化という戦後のアメリカの世界支配の礎を作った。
ウクライナをその再来として考えているのかも知れないが、武器や資本支援で膨らんだ負債を持つウクライナのEU加盟に関しては、現在のEU諸国は頭を抱える問題だ。自分たちが支援した膨大な負債をEU自身が負う事になるからだ。
オルガルヒ支配の現実を理解した上で、ウクライナの人々ははっきり言っている。『我々は大統領のために戦っているのではない。我々の国のために戦っているのだ』と。
戦争を辞めようと言う国が無いまま、戦争が続きウクライナの国民が毎日死んでいる。
本来、日本が戦争を辞めろという立場のはずだが、何も言わないばかりかアメリカの手先となって戦争を進めているのが現状だ。しかも遠い国NATOの支援に入っている。
戦争ではお互い家族のある人々が殺し合い、いつも家族が泣いている。それが戦争だ。
誰が笑っているのが。そのことから考えていかなければならないだろう。」

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