大好きだったあの人vol.26



アイツはその夜を境に、アタシにしつこく交際を迫るようになる。

アタシのお店の休日には毎回携帯が鳴る。
「今からオマエの家に行っていいか?」

あの夜、家まで送ると言って聞かないので、渋々家まで送ってもらった。
やっぱり、ウチがどこにあるか確認するのが目的だったのかよ。

会えない、そう言うと店にやってくる。

意味深に視線を送るアイツは本当に鬱陶しかった。

閉店の片付けが終わり帰宅する頃に
「今、○○にいるから来いよ」とショットバーへ呼び出す。

仕方なくお店に行けばカクテルを勧められる。
そこでお酒を軽く飲んだら、アイツはアタシをタクシーに乗せてアタシの家までついてくる。


コレはマズイ。

非常にマズイ。

コイツとはアタシは付き合えない。
付き合うつもりも毛頭ない。

だってアタシは大好きな彼の待つ東京へ行くのだから。

来週の週末にはまた東京へ行って、彼と具体的な打ち合わせをする予定なのだから。


お店が休みの日に夕食を食べようと呼び出され、アイツの車に乗ってた時、アイツは切り出した。

「オイ、そろそろオレと付き合う気になったか?」

「アタシ、彼氏いるって言いましたよね?」

「それが?
オレは別に構わない。
どうせオマエはオレのこと好きになるんだから」

どこからこの自信は来るんだろうか…
コイツの鼻っ柱をへし折ってやりたい、そんな衝動に駆られる。

「彼氏と結婚するんです。
彼氏、東京に住んでるんですけど、この週末、そのハナシするのに東京行く予定なんです。
だからアナタとはお付き合いできません」

そう言ったところで、アイツはみるみる怒りの表情に変わっていく。

アイツはアタシの胸ぐらを掴む。

「ふざけるな!
結婚なんかさせるかよ!
今すぐそのオトコに電話かけろよ!
『東京へは行けません』ってすぐ電話しろ!」

すごく怖かった、殴られるかと思った。

「オレと寝たオンナなんかと彼氏だって結婚なんかできるワケないだろう!
こんな汚れたオマエなんか嫌に決まってる‼︎
今すぐ別れろ‼︎」

アタシは恐怖に震えながら彼に電話をかける。

「もしもし?どうしたの?」
「Sちゃん…ごめんなさい」
「え?何?」
「アタシ、東京へは行けません…」
「どうしたの?何か用事できたの?」
「…ごめんなさい、別れてください」
「え⁈急にどうして⁈
どうしたの⁈何があったの⁈」
「ごめんなさい…」
「アナタが僕のところに来たいって言ったんじゃない‼︎」
「ごめんなさい…」
「だから、僕は…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…」

アタシは涙混じりに謝るコトしかできなかった。

彼は長い沈黙のあと、
「わかったよ」
と言った。

「仕事、頑張りなさいね。
体には気をつけるんだよ」

そう言って彼は電話を切った。

「ツーツー」という不通音を聞きながら、アタシは声を上げて泣いた。

アイツは泣きじゃくるアタシを抱きしめながら言った。
「オマエを幸せにしてやれるのはオレしかいないだろ?
ane、オレの側にいてオレを好きになれよ。
オレのオンナになれ、な?」

アタシは子どもみたいに声を上げて泣くコトしかできなかった。

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