ハイドラ

与える女/海蛇の娘 アネシドラ・ハイドラ

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与える女/海蛇の娘 アネシドラ・ハイドラ

マガジン

  • 連載『Swinging Chandelier』

    2022年11月より連載中。 「揺れる、ままならない、夜と朝。これは生き続ける女の物語」

最近の記事

単発小説『贖罪コンビニエンス』

贖罪コンビニエンス  くたびれた眼差しをあげたその先に光っているのは、駅と家の間の道すがらにあるコンビニだった。もうすぐ十二時をまわる路上に人通りは少ないが、出入り口の脇には光に吸い寄せられているかのように二、三人、十九歳くらいの子達が何か食べたり飲んだり煙草を吸ったりしながら地べたに座り込んでいて、それはなんだか肩を寄せ合っているように見えた。そしてその光景を、五十歳くらいの会社員っぽい服装の男の人が少し離れた喫煙所でアイコスを咥えながら、顔をしかめるようにして眺めていた

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    • Swinging Chandelier:13-オディール≠オデット(上)

      Swinging Chandelier:13-オディール≠オデット  会社には偽物の観葉植物がある。ぜんたい、ぷにぷにとしていそうで葉の先端は尖っている。それは窓に面した通路に置かれているから、毎日目に入る。  浮島と、わたしたちは呼んでいた。それはコンセントや充電ケーブルや文房具を中央部分にまとめた大きなテーブルで、わたしたちはその周りに立ったり座ったりしながら仕事をする。浮島のどのあたりに誰が位置取るのかに規定はないが、大体みんな行きたい場所があった。同じ作業をする人、

      • お茶代課題2月ヒョーロン部門『J-POPまもるくんの謎』

        ※有料設定ですが全文無料で読めます。  脱輪さんが主催する文芸サークル"お茶代"の2月の課題に挑戦しました。  テーマは「守る」歌詞。  今回私は主に「守る/守りたい」というラブソングを想定して記事を書いています。  この二つの問いに明確さを持って答えられるか正直自信はない。「守る/守りたい」という歌詞のラブソングは確かに多数あり、それぞれ意味は異なるだろう。  ただ一般認識として「守る/守りたい」という歌が主にヘテロセクシュアルの男性から女性に対するメッセージとして歌わ

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        • 「エモい」は、 「えも言われぬ」い、んですか? 「エモーショナル」い、んですか?

        単発小説『贖罪コンビニエンス』

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        • 連載『Swinging Chandelier』
          13本

        記事

          『哀れなるものたち』 あふれだす五感の情報に気持ちよく振り回されたくなるのですが、ここぞというところで思考する場所に引きずり出される。そんな映画です。 #哀れなるものたち

          『哀れなるものたち』 あふれだす五感の情報に気持ちよく振り回されたくなるのですが、ここぞというところで思考する場所に引きずり出される。そんな映画です。 #哀れなるものたち

          Swinging Chandelier:12-孟買青玉

           鍵を閉める。外の廊下を歩いて階段を降りる。駅まで十分と少し。肩にかけた鞄はうちの会社に登録してくれている革職人のセミオーダー品。オフィス用のモデルは軽めでパソコンも入るし、何よりデザインが可愛い。ハイウエストのワイドパンツに丈の短い上着を合わせて、ショートブーツのヒールが鳴る。  住宅街の庭からのぞく鉢植えのビオラを横目に歩き、繁華街を貫く大通りに出ると街路樹の花水木の葉がまばらに色づいていた。駅に向かう人の忙しい塊に混じりながら歩き続ければわたしも勝手に足早になる。改札を

          Swinging Chandelier:12-孟買青玉

          Swinging Chandelier:11・下:最高の日曜日

           捨てる。棄てる。  とにかく、すてる。  いつも渡すアカウントに登録された名前、郵便受けに溜まるダイレクトメール、他人の体温。  いつもみたいに「可愛いね」と言われる。いつもみたいに淡く微笑んでおく。いつもみたいに裾はたくしあげられる。いつもみたいにその手の甲を静かに撫でる。  あー良かった。昨日眉ティントしておいたからあとで化粧落としても気が楽。あとそれ、リバーレースの下着だから爪引っ掛けないように脱がして。  トン、と肩から押されてシーツに背中を預ける。頸を口唇が噛

          Swinging Chandelier:11・下:最高の日曜日

          Swinging Chandelier-11・上:土曜の夜

           鏡の前に立つ。あまり大きくはならなかった乳房、ジム通いで絞った腰、尖った肩、一五〇センチとあと少しあるかわからない背丈。作り込んで、いや作り物めいているから、かえって気分は楽になる。  鎖骨が綺麗に見えるボートネックの、ふくれ織りの生地を使って上半身を少しタイトにしながら、切り替えからソフトプリーツがふんわりと広がるシルエットのワンピースを着る。財布とスマホと化粧ポーチを入れたらもう容積が埋まってしまうくらいのハンドバッグ。まぶたにはスモーキーなライラックのグラデーションを

          Swinging Chandelier-11・上:土曜の夜

          感覚するということを認識するということ。自覚された身体、躯。

          感覚するということを認識するということ。自覚された身体、躯。

          うつし世――遠く近くにあるもの

           わたくしは、陸で生まれた人魚でございました。  わたくしが髪を長く伸ばしておりますのは、帰れぬと知る海にいつか帰る日のために、その道標を見失わぬようにという、やるせない願いゆえなのでございます。  人魚というものはかつて、わだつみを統べる龍の眷族でありましたのが、人間に恋をしたがために罰を受けて半人半魚の姿になったものでございます。  人魚というものは海のものでありながら、人に惹かれる性を持って生まれるのでございます。  そんなふうでありましたから、人魚は龍へ戻ることも人

          うつし世――遠く近くにあるもの

          Swinging Chandelier:10 赤い夜

          Swinging Chandelier:10赤い夜  大貫たちの会社とのコラボ企画も動きが少し落ち着いてきて、それ以外にも企画イベントなどは特になく、内勤だけで済む期間にいる。ジムに行く時間を増やしやすくなったり、買い物だってゆっくり時間をかけやすくなったりしているはずが、却って持て余すような心地になっている。  仕事帰りの電車の窓のぎりぎりにおでこを近づけて、引き裂かれるように滑っていく景色を眺めている。さほど苦しくもなく続いていく日常、今日。  ヒールの上に乗る踵を少し

          Swinging Chandelier:10 赤い夜

          Swinging Chandelier-9:まばたきの回路

          Swinging Chandelier-9:まばたきの回路  森は陰になって、樹々もしんと黙ったようでいる。  その淵から、ひらけた場所を見ている。  小鳥が歌いながら飛ぶ、晴れた空の、そこ。  わたしは、見つける。  生まれた時は青い灰色。成長するごとに澄んで、銀灰色。やがて磨かれたように、白馬になる。  朝露がまだひそやかに残る草の上に、それは立っている。頸と脚とがほっそりとした、まだ青みの抜けない体躯。  それは若い、芦毛の馬。ぴんと耳を立てて、注意深く。けれど一度

          Swinging Chandelier-9:まばたきの回路

          単発小説『ダウンタイム』

           あの二人は好き合っているくせに、向き合ってつがうことができなかった。好き合っているくせに、同じ性別でつがうことを、許容できていなかった。  だから間に私を挟んで、交代で私を抱くのを眺めることでそのときの欲求を解消する。  抱く、というのは随分と可愛い表現だ。実際は、どうにもならない感情を、自分の言うことを聞く者にぶつけている、というほうが適切だった。  二人のうちの片方、少し年上のほうに私が恋をしていたのが、全ての間違いの始まりだったのかもしれない。少し長い前髪と襟足、肘

          単発小説『ダウンタイム』

          Swinging Chandelier : 8-カナリア

          Swinging Chandelier: 8-カナリア  二度目の打ち合わせはわたしと大貫の二人で、場所は向こうの会社の、オフィスから直接入れる少人数向けの会議室だった。壁と入り口のドアには半透明の硝子が多く使われ、開放感と防犯どちらにも有用なデザインになっていた。書類を机に揃えながら、この部屋いいですねと大貫に伝える。 「やっぱりわかるものでしょうか」 「どういう意味ですか?」 「オフィスを改装する時にこの部屋のデザイン案を出したの、御子柴です。少人数用の部屋が完全な閉鎖

          Swinging Chandelier : 8-カナリア

          Swinging Chandelier:7 ブライズメイド・下

          Swinging Chandelier:7 ブライズメイド・下  カツコツと、ヒールが踵に響く。カツコツと、最寄駅から自宅までの道のりを歩く。十一時近い駅前のビル風を浴びながら、歩く。  夕食にアンズさんと入ったのは、わたしがさゆりさんとたまに行っているイタリアンバル。カウンターとテーブルがあり、入店時に店員がイタリア語で挨拶する感じの、お通しに揚げたパスタが出るような店。  わたしがデカンタで頼んだ赤いサングリアに、まな板に盛り付けられた生ハムやサラミに、きれいな緑色の

          Swinging Chandelier:7 ブライズメイド・下

          認識するということを認識し続けています。そこに終わりはなくそれはあらゆる方向にのびる血流です。

          認識するということを認識し続けています。そこに終わりはなくそれはあらゆる方向にのびる血流です。