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東京と中国の寒さ:博士の普通の愛情

タクシーのIDプレートが最近、番号だけのものに変わりつつある。女性ドライバーも増えているからプライバシーに配慮したのだろう。昨日乗ったタクシーはまだ顔写真付きのものだったが、そこに中国人と思われる名前が書かれていた。東京では外国人ドライバーが少しずつ増えているので、話をするのが楽しい。

「中国からいらしたんですか」
「はい、そうです」
「タクシーを始めてどれくらいですか」
「3年くらいです」

これくらい話して、相手の日本語のレベルを探る。それほどうまくない人にはあまり難しい単語を使わないように気をつけるのだが、10年日本で暮らしているという彼はかなり滑らかな日本語を話すことがわかった。

「東京の冬は寒いですね。私が育った東北部とは寒さの種類が違います」

と言う。中国の東北部と言えばひどく寒い印象を持っていたが、そうでもないのかもしれない。気温の問題ではなく、寒さの質、なのだという。僕が、「底冷えするという感じなのかな」と聞くと、「ああ、そう言うんですね」と答えた。僕が行ったことがある中国の都市の名前をいくつか伝えると、恥ずかしそうに「上海には行ったことがないんです」と、それまではルームミラー越しの会話だったが、信号で止まったタイミングで少しだけこちらに振り返ってつぶやいた。

こういうときに気をつけていることがいくつかある。日本語が上手ですね、と言うのは禁句だ。そのお世辞じみていて子どもに言うような言葉は何も生まないし、相手に「いえいえ、そうでもありません」という謙遜だけを強いることになる。そして日本に来た経緯。言いたくないこともあるだろうからこれは本人が自分から話し始める前には聞かない。

「日本に旅行に来たことがあるんです。そのときに知り合った女性がいて、彼女にもう一度会いたいと思って、日本語学校に通いました。それで今、日本にいるんです」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。