羊と鋼の森 を読んだ

女子大生書店員の読書感想文的なものです。書店員を名乗るほど沢山本を読んでいなくて申し訳ないけど読んだ本の記録のために書きます。

「板鳥さん、どうして僕を採用してくれたんですか」
「早い者勝ちです」

何気ないワンシーンなのだけど、私はこの会話がとても好きだった。

下の名前すら明かされない、田舎で自然に囲まれて育った主人公が、調律師を目指し、そして、"調律師"になっていく話である。

彼が調律師として働くことになる楽器店には、彼を含め4人の調律師がいる。全員ものすごく個性的で面白い...と思いきや、皆リアルに普通だ。いや、正確に言えば、それぞれに特徴あって、複雑な過去もあって、語るべきところは多くキャラがたっているのだが、なんといえば良いのだろう。本当にいそうなのである。
全員、自分が普段行く、通り過ぎるあの楽器店にいるところが想像できるのだ。
そんな彼らと外村の、普段の会話、お店にいる時、調律帰り、そんなふとした瞬間の何気ないやりとりが、私たちに外村をとりまく世界を絵に描いたように想像させてくれる。

私は何だか、この作品は、誰に聞いても好きなシーンが違うような気がする。外村の学生時代、調律師を目指す過程、そして就職、その後の出会いや仕事との向き合い方、成長まで描かれている。そんなに長くはないこの話の中ではそこそこに長い年月が描かれているし、登場人物達の会話も豊かだし、読み終わったあとに印象深い人物が多い。淡々と、簡潔に書かれているのに、濃いのだ。あまり長くないのに、全てが、本当にすべてが印象深い。濃厚なのだ。
読み終わってみると、多分皆さらっとしていたなと感じると思う。けれど、さらっとしているのに人に語りたい部分が多すぎる。おかしい。

外村が板鳥の調律に出会う場面
初めて調律に行った時
ハンマーをもらった話、会話
話をする秋野さんの、想像できる横顔
ショパンを弾く青年の後ろ姿
双子のピアノの部屋
ハンマーヘッドに刺さる針...

すごく静かに降っていた雪が、気づいたら見上げるほど積もっていたような、そんな感覚に陥る。けれど気づかなければ、目をやらなければ、注意を向けなければあまりに静かで積もっていることに気づかないかもしれない。だから、溶けてしまう前に、この世界観を、それぞれの人生を、出会いを、思い返してみてほしい。

私も、思い返しながら今この文章を書いている。
本当は、全然そんなことはないのかもしれない。けれど、最初に書いた何気ない会話は、この本の、ふわっとしていて、淡々と綺麗で、雪が降り積もっていくような。そんな世界観を作る最後のピースみたいなものだった。私にとっては、だけれど。

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