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【洋書遍歴】レイモンド・チャンドラー

フィリップマーロウの生き様に真に憧れ、ペンギンブックスの洋書シリーズで長編7作品を堪能。人生の酸いも甘いも噛み分ける熟年間近になってこその感慨であり、浅はかな若い自分では到底味わえなかったであろう。不思議なことにいかなる芸術も、いつも絶妙のタイミングでめぐり合う気がしてならない。チャンドラーの粋で洒落れた大人の世界、ハードボイルドの神髄は、あなたを魅惑してやみません。

1. The Big Sleep (大いなる眠り)
年老いた石油王スターンウッド将軍に脅迫レターの調査を依頼されたマーロウ。若くて奔放な将軍の娘二人、ビビアンとカーメンの美人姉妹に、密売人や恐喝者が絡み合い、闇に引き込まれていく。ややこやしい傑作と称され、訝しい人間模様はどことなくシュール。サイコパスな狂気の終幕に、マーロウのさりげない気遣いがほのかに煌めいていた。

2. Farewell My Lovery (さらば愛しき人よ)
出所した大男ムースマロイは、別れた恋人ヴェルマを探す矢先に、黒人酒場フロリアンで逆上し殺人を犯してしまう。現場に居合わせたマーロウは、マロイとヴェルマの行方を追う一方で、盗まれた翡翠のネックレス探しを引き受ける。グレイル夫人の意味深な誘惑、怪しいサイキックの館で危機をかい潜る活劇。暗黒街のボスが経営するカジノ船に乗り込むが、悲哀に満ちた結末が待ち受ける。

3. The High Window (高い窓)
富裕な老未亡人ミセスマードックから盗まれた高価な金貨ブラッシャー・ダブルーンを探すよう依頼されるマーロウ。影のある婦人の家族、メンタルの気弱な秘書、ギャングらが幾重に折り重なり、いつしか迷宮へといざなわれる。長編の中では淡々とした地味な展開ながらも、エスプリの効いた台詞が散りばめられている。

4. The Lady In the Lake (湖中の女)
会社社長キングスレーから失踪した妻を探してくれと頼まれたマーロウ。ところが、妻の足取りを追い湖畔の別荘を訪れると、女性の水死体を発見。男たちを翻弄する非情な悪女が事件を混迷させるが、屈強な警部補デガーモが密かにその真相を握っていた。長編の中では真っ当な場面展開、クライマックスの老保安官とデガーモの対決と鋭利な探偵推理は圧巻。

5. The Little Sister (かわいい女)
カンザスの田舎から上京した垢ぬけない女の子オファーメイ・クエストから音信不通となった兄の捜索を頼まれるマーロウ。しかしアイスピックによる無残な殺人が連続、探索は次第に、華やかなハリウッド女優と映画界の裏社会に奥深く踏み込んでいく。甘美な見せかけとは裏腹に強欲と愛憎の渦がひしめいていた。男女の機微や絶妙な駆け引きが光り、超難解な謎解きが明かす支離滅裂の終焉に困惑するばかり。

6. Long Good-Bye (長いお別れ)
酔いつぶれたテリー・レノックスとフリップ・マーローの不思議な出会い。二人の数奇な友情とともに劇画が展開する、チャンドラー本流ハードボイルドの金字塔。アイリーン・ウェイドやリンダ・ローリングと男女の駆け引きが縺れ合う。いぶし銀バーニー・オールズ警部の気骨ある鋭い洞察力、テリー・レノックスとの切ない再会は、渋い煌めき。ストイックで孤高の世界観が、ぞんぶんに溢れてきます。

7. Playback (過去のある女)
早朝の電話で謎の女を尾行する依頼を受けたマーロウ。サンティエゴのホテルに追跡していた女ベティが現れ、彼女の部屋に男の死体があると言う。訪れてみると死体は消えていた。弁護士秘書のヴァーミリアやベティと一夜のロマンスあり、マーロウの情感が滲む異質な最終作。リンダ・ローリングがパリから電話で告白するロマンチックな旋律と「部屋のなかに音楽がみちみちていた」は珠玉の幕切れ。



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