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小説『パーティーガールはピンクのパイ』(2431文字)

 その日、おばあちゃんがパイを焼いてくれた。うちのおばあちゃんのパイというのはクレイジーなことにショッキングピンクの生地に蛍光グリーンの斑点模様で、その上から白いパウダーシュガーが振りかけられているのだ。

「お砂糖は体にいいんだよ」とおばあちゃんは言うけれど、それは程度問題というものだろう。
 わたしはこのピンク色の物体を見ると反射的に吐き気を催すし、この粉雪みたいな白いパウダーシュガーとのコントラストは見るだけで目が痛くなる。
 しかし、いざ食べてみるとおばあちゃんの作るパイはとてもおいしい。食べ始めると病みつきになる。そして、食べ終わる頃にはまた食べたくてたまらなくなる。つまりこれはある種の麻薬だ。
 こんなふうに、おばあちゃんはいつも何かしらおかしなものを作ってくれる。
 小学生の頃、わたしは台所に立って料理をしているおばあちゃんに訊いてみたことがある。

「ねえ、どうしてそんな色のものばっかり作ってるの?」

 するとおばあちゃんは言った。

「だって……かわいいじゃない」
「えー? どこが?」
「あんたにはわからないかもしれないね。でも、あたしゃこれでも若い頃はかわいかったんだよ」
「へえ……そうなんだ」

 どうやらおばあちゃんにも若い時代があったらしい。当たり前のことだけど。
 ていうか、そういう話をしたいんじゃないんだけどな。
 話を戻す。その日私はいつも通りおばあちゃんのパイをたいらげた後、おばあちゃんに、

「ところで、このピンクって何のピンクなの? どうやって作ったらこんな色になるわけ?」

 と尋ねた。
 するとおばあちゃんは、

「ふふん、よくぞ聞いてくれたね」

 と言って、シアンカラーのエプロンの下から一枚の写真を取り出した。
 そこには真っ赤なスポーツカーの前でポーズを決める若い女が写っていた。背景の赤い屋根といい、車のボディの色といい、すべてが真紅だった。

「ほら、こっちが昔乗ってた車だよ。かっこいいでしょ」

 言われてみれば確かにかっこよかった。

「それがおばあちゃんのパイとどんな関係があるの?」
「まあまあ。あんまり結論を急ぐんじゃないよ。世の中にはいろんなものがあるもんだろ? そう思わないかい?」
「思うけど……」

 そこで突然おばあちゃんの顔が変わる。それまでの優しげなお婆さんという表情ではなく、魔女のように邪悪な笑顔を浮かべていた。
 おばあちゃんは言った。

「あんたも大きくなったんだし、そろそろ本物のパイ作りを教えてあげるよ」
 それから一週間くらい経って、わたしは再びおばあちゃんと一緒にキッチンに立った。
「じゃあ始めるよ」と言って、おばあちゃんはボウルに入れた生地に砂糖を入れてかき混ぜ始めた。
 おばあちゃんは続けてこう言う。

「今あんたが見ているのはただの砂糖だ。だけど、世の中には色んなものがある。ただじゃない砂糖とかね!」

 おばあちゃんが取り出したのは小さな袋に入った粉状の何かだった。わたしはそれを見て思わず身構えてしまう。

「それは……まさか麻薬とかじゃないよね!?」
「失礼だね! そんな危険なものウチに置いておくもんかい! これは小麦粉だよ」
「ああ、なんだ」

 わたしが胸を撫で下ろすと同時に、おばあちゃんは粉状にしたそれを生地に混ぜ込み始める。

「まだ普通の生地だよね。どうやってピンク色にするの?」
「ちょっと待ってな」

 おばあちゃんは冷蔵庫からラップに包まれた、これまた蛍光ピンクの塊を取り出してきた。そして、それを手に持って包丁で半分に切った。すると中からは薄桃色のペーストのようなものが出てきた。

「わっ、綺麗だね」
「そうだろう? これがあたしの秘密兵器さ」
「秘密兵器?」
「これ、何なの?」
「ふふふ、これはねぇ、あたしが二十代の頃に愛してやまなかった、パーティーさ。パーティーの塊さね」
「パーティー?」
「そう。あの頃のあたしゃパーティーガールだったからね」

 パーティーガール……。なんだか凄く強そうだ。でも一体どういうことなんだろう? するとおばあちゃんはその謎を解いてくれた。

「ピンクはパーティーの色さ。これを使ってパイを作ると、まるで魔法のようにピンク色になるんだよ。これを生地に入れて焼くと、あら不思議。パイが色づいてパーティーみたいになるって寸法さ」

 なるほど、そういうことだったのか。でも、わたしはふと思ったことをそのまま口にする。

「でも、そんな便利なものがあったらみんな使うんじゃないの?」

 わたしが訊くと、おばあちゃんは得意げに微笑んでみせた。

「これはあたしだけのパーティーだからね。他の人にとってのパーティーはもっと別の形をしているだろうねえ。それに、あたしも歳だ。新しい輝きはもう作れない。だからこのパイで、パーティーのパイは最後なんだよ」

 そう言っておばあちゃんはわたしの手を取って言った。

「あたしは若い頃にうんとパーティーを溜め込むことができた。運が良かったんだろうねえ。あんたもまだ若いんだから、いっぱい食べなさい。そして若いうちにあんたなりの宝物をためこんでおくんだよ」

 その後二人で出来上がったパイを食べた。おばあちゃんのパイはやっぱりおいしかった。
 そのパイの味はおばあちゃんのこれまでの人生を表しているんだと分かったから、ますますおいしく感じたのかも知れない。

「おばあちゃんのパイはおいしいかい?」
「おいしいよ」
「たくさんあるんだ。どんどんおあがり。新しいパーティー・ガール。なんてめでたい」

 その次の週におばあちゃんは亡くなった。というか、忽然と姿を消した。その代わりに台所には、焼きたてのピンクのパイが山積みになっていた。
 わたしはそれを全部一人で平らげた。
 おばあちゃん、ごちそうさま。わたしのパーティー、ちゃんと消化したよ。わたしの胃の中で、ちゃんと消化されてるよ。
 おばあちゃんが作ってくれたこの吐き気がするほどに色鮮やかなパーティーの塊は、いつかわたしが作るわたしのための料理になると思う。

〈了〉

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