青井ふらい

夜中に起きてしまった時とかに書いた小説を載せたいと思います。

青井ふらい

夜中に起きてしまった時とかに書いた小説を載せたいと思います。

最近の記事

小説『水性の言葉は青色』(3123文字)

 年の瀬だからと言って書きたいものがなくなるわけではない。あるいは、書かなければならないものも。  私は今日も水槽の横に机を出して小説を書く。この季節は乾燥していてペン先が乾きやすいから、水に浸しながらだ。    そんなわけで私は、水槽の中の「金魚」と戯れながら書く。水に浸したペンから、ブルーブラックのインクが流れ出る。「金魚」は待ってましたとばかりにそれに近づくと、美味しそうに呑み込んでいった。 「金魚」とは、「君の名前は何?」と私が訊ねた時の返事だ。もちろん私の問いがあま

    • 小説『舐められるもの舐めるもの』(3375文字)

       キャンディーハンターについて、皆さんはどれくらい知っているだろうか。高校の同窓会で、久しぶりに出会った彼女は、自分の職業を、 「ああうん、今はキャンディハンターをやってるよ」  と言った。  私は今年で三十になるけれど、その私でもキャンディーハンターをまともに見たことはない。  彼女は高校を卒業した後、東京の有名私大に進学したのだったか。  かたや、地元の国立に進んでモラトリアムを地元で消費して、流れのままに親父の会社の後継者候補に収まった私。  私には知らない世界を彼

      • 小説『シンジュク・段ボール・パンク』(3142文字)

         彼女に出会ったのは、そう、ちょうど今日のような段ボールの雨が降る秋の夜のことだった。  私は新宿駅西口を出て、アルタの方向へ歩き始めたところだった。時刻は午後八時を過ぎていて、あたりには私と同じく帰宅途中のサラリーマンや学生たちがいたけれど、誰もが疲れ切った顔をしていたし、みんな無口でうつむきがちだったから、街全体が死んだように静かだった。  それもそのはずだ。空を遮るように巨大な銀色の段ボールが降り続いているのだ。おそらくリサイクル団体の作であろう段ボール製の街灯もあち

        • 小説『パーティーガールはピンクのパイ』(2431文字)

           その日、おばあちゃんがパイを焼いてくれた。うちのおばあちゃんのパイというのはクレイジーなことにショッキングピンクの生地に蛍光グリーンの斑点模様で、その上から白いパウダーシュガーが振りかけられているのだ。 「お砂糖は体にいいんだよ」とおばあちゃんは言うけれど、それは程度問題というものだろう。  わたしはこのピンク色の物体を見ると反射的に吐き気を催すし、この粉雪みたいな白いパウダーシュガーとのコントラストは見るだけで目が痛くなる。  しかし、いざ食べてみるとおばあちゃんの作る

        小説『水性の言葉は青色』(3123文字)

          小説『寄せるものたちとの冒険』(3102文字)

           もうちょっとだけ走ろうかな、なんて思いながらペダルを漕いでいると、いつの間にか海まで来てしまっていた。  海というのは、いわゆる海水の溜まったそれではなくて、地表のクレーターのことだ。  クレーターの近くでは、しばしば、月や隕石に引っ掛けられた魚が打ち上げられているのを見ることができる。僕はこの海岸から見える海が気に入っていた。もちろん海岸というのも砂浜のことではなくて、単に海のへりだから海岸と呼んでいるだけで、実際にはただの荒れ地にすぎない。  でも僕は、そういうのは気に

          小説『寄せるものたちとの冒険』(3102文字)

          小説『傘のないガーデン』(2875文字)

           雨がやまないビルがあるらしい。その話を僕は友達から聞いて、だから早速、僕は一人、そこに行ってみた。するとたしかに雨はやんでいなかった。それはそうだ。だってそもそも今日は雨降りなのだから。  ただ僕は傘をさしていたので濡れることはなかったし、むしろこの水気を含んだ空気感のおかげでなんだかとても爽やかな気持ちになった。これはもう、雨がやむことを祈るなんてことはしなくていい。このままでいいと思った。  雨がやまないというからには、その理由があるはずだった。それを知りたくて僕は

          小説『傘のないガーデン』(2875文字)

          小説『夜更かしさんと半魚人くん』(2769文字)

          「うう、うううう」    夜中に私を特にうんざりするさせるものの一つが、隣室に住む半魚人の泣き声だ。  彼は自分が上半身を人間、下半身を魚とした人魚ではなく、上半身を魚、下半身を人間とした半魚人であることを気に病んでいたのだった。 「でもさあ、えら呼吸ができるからいいじゃない」  彼をいつもそうやってなぐさめる。 「でも、僕は魚だから水がないと生きていけないんだよ!」  彼はそう言ってまた泣くのだった。そして、私の部屋のベランダには、隣の部屋から流れてくる彼の涙で、

          小説『夜更かしさんと半魚人くん』(2769文字)

          小説『その手を取って』(2074文字)

           クリスマス直前の中華街で、おかしなものを見つけた。それは干からびた人の手だった。  その日はたまたま横浜に遊びに来ていて、ちょっとした散歩のつもりだった。どうもおかしい。なんでこんなものが道端に落ちているのだろう。   「すみません、どなたか、手を落としませんでしたか」    私は通行人に尋ねた。しかし誰も私の言葉など聞いていないようだった。  仕方がないので、私はそれを拾った。するとそれは私の手にしがみついてきた。私は悲鳴を上げた。慌てて振り払ったら、その手はアスファルト

          小説『その手を取って』(2074文字)

          小説『ポーク・マミーの子守歌』(2340文字)

           宇宙にも豚がいるらしい。宇宙豚と俗に呼ばれる彼らは、地球で飼育されている豚によく似ているが、決定的な違いがあった。それは、彼らの体毛がすべて金色であることだ。金色の毛並みを持つ動物など、地球のどこを探してもいないだろう。  しかも宇宙豚は、地球上のどの家畜よりも賢く、人語を解するという。  と、そういう話を私は、宇宙豚本人から聞かされたのだった。   「で、あなたがその宇宙豚ってわけ」 「はい、そうです。今日はお願いがあって参りました」 「お願い」 「我々宇宙豚をですね、

          小説『ポーク・マミーの子守歌』(2340文字)

          小説『銃と海のファンタシー』(3053文字)

           歩いても歩いても、海は燃えていた。その上を裸足で歩く私の足裏を、火が舐めていく。熱くて痛い。でも、それが心地いいと感じる自分がいる。私はずっとこのまま歩き続けていたかった。  私は走ることにした。なんて熱い。でも走ることをやめられない。それからどれだけ走っただろう。一時間。一ヶ月。あるいは一年。  そのうちにどこかの陸に着いた。そこは海岸だった。海には誰もいないし、何も燃やされていない。  波の音だけが聞こえる世界だった。砂浜に座って海を眺めた。空と海の青は溶け合っていた

          小説『銃と海のファンタシー』(3053文字)

          小説『あかりとりの夜』(2600文字)

           あまりに夜が明けないので、ついに私は姉に訴えてみることにした。 「あのね、ねえさま、夜が明けないみたい。もう二日か二年は夜だと思うのだけど」 「あら、電池が切れてるのかもね」  姉はそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。  それから、私の頬に手を当てて言った。 「じゃあ、朝の電池を換えに行きましょう。コートを着なさい」  私たちは手をつないで家を出た。  姉と私が住んでいる町には、大きな駅があった。  私たちの家からは歩いて二十分ほどの距離だった。  駅前にあるその駅

          小説『あかりとりの夜』(2600文字)

          小説『町に石に空に』(2299文字)

           最近、夜の散歩でしばしば見かけるものがある。コンビニの前や、ベンチの裏側、郵便ポストの上におもむろにそれはある。それは結晶化した人間の残骸であるらしい。  どうしてそんなものがあるようになったのか、僕はこのところずっとそれについて考えている。  そのことについて誰かと話をしたかったが、誰にも話すことができなかったのでこうして書いているのだった。   「やあ」    僕は声をかける。  コンビニのゴミ箱の上にあった結晶体に向かってだ。 「なにをやってるんだい?」  もちろ

          小説『町に石に空に』(2299文字)

          小説『うろこのある人』(2662文字)

           皆さんは、うろこのある男と付き合ったことがあるだろうか。僕は一度だけあった。しかしすぐに別れたので、「うろこの彼氏」というのは僕の空想にすぎないかもしれない。  その「うろこのある彼氏」との思い出あるいは空想を書こうと思う。ただし「うろこのある彼氏」が実在したかどうかについて断言はできない。あるいは「うろこのある彼氏」は実在したけれど、今は僕にだけ見えないという可能性もある。ただひとつ言えることは、僕にはうろこのある恋人がいたということだけである。    うろこのある彼氏

          小説『うろこのある人』(2662文字)

          小説『この世の終わり、病院へ行こう』(2438文字)

           この世の果てには何がある? 私が聞いたところによれば、どうやら病院があるらしい。そこではあらゆる病人が待っている。  私は医者ではないから詳しいことは知らないが、その病院では患者に治療を施すのでなく、患者自身によって治されるものなんだそうだ。  先週末、予定がキャンセルになり暇だった私は、この世の果て行きのバスに乗って、確かめに行くことにした。  バスの乗り口で、運転手と言葉を交わした。「あんたは病気かい?」と聞くので、「いや」と答えた。すると彼は言った。 「じゃあ、なんで

          小説『この世の終わり、病院へ行こう』(2438文字)

          小説『チョコレートの落ちるころ』(2105文字)

           どこまでも高い空の中を、たくさんのチョコレートの包み紙と一緒に、私はふわふわ降下していた。  まるでパラシュートのないスカイダイビングみたいだった。この世にはもう、私を受け止める地面なんてないんだと思った。  私の眼下に広がる、赤と青で彩られた東京の街は、今や廃墟の群れでしかなかった。街灯も信号機も道路標識も、すべてがひび割れたり欠けていたりした。まるで大きな隕石がいくつも衝突したみたいな景色だ。  廃墟の中の赤色の正体は、燃え盛る自動車たちだった。青い方は水面の青。炎と水

          小説『チョコレートの落ちるころ』(2105文字)

          小説『コーヒーによる破壊とその先』(2862文字)

          「年齢は24歳。前は事務の仕事をしていました。夢はコーヒーをブレイクすることです」 「コーヒーをブレイクする? コーヒーを飲むということ?」 「いいえ。コーヒーをブレイクするというのは、ブレイク・スルーのことです」 「……なんですかそれは?」 「言葉の通りの意味ですよ。コーヒーを飲みながらブレイク・スルーすることに憧れています」 「ブレイク・スルーとは、どういう意味なのでしょうか?」 「ブレイク・スルーは、ブレイク・スルーですよ。コーヒーを飲んでいる時に、ふっと自分の殻が破れ

          小説『コーヒーによる破壊とその先』(2862文字)