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掌編小説 | セピア色の桜

 あいにくの天気にもかかわらず、三木みきさんはいつもの場所に立っていた。彼女らしく、僕を待つときにはいつもそうするように本を片手に、ときどき長い髪を撫でる。
 待ち合わせ場所から少し離れたところで見守る僕に彼女が気づくことはない。
 僕たちが別れることが決まると三木さんは「これからは友人の一人として、お互いのことは苗字に〝さん〟を付けて呼びましょう」と言った。僕は今日、三年ぶりに彼女を苗字で呼ぶ。


 曇り空の下、桜を見ながら歩いた。三木さんは桜が好きで、三年続いた交際期間は毎年一緒に桜を見た。
 三木さんはバッグから「写スンです」を取り出した。
 「珍しいね、今どき」と僕が言うと、
 「最近また流行ってますよ」と言った。
 三木さんは開封したカメラの巻き上げダイヤルを回した。そして歩きながら何度も桜に向けてシャッターを押した。
 「撮ろうか」
 僕は一心に桜の写真を撮る三木さんに言った。すると三木さんは、
 「最後の一枚になったら一緒に撮りましょう、記念に」と言った。
 「三木さんが好きだよ。未練がましいけど」
 三木さんは僕の言ったことには反応を示さず、桜だけを見つめていた。
 「桜、毎年見に行ったね」
 僕は三木さんから半歩下がったところで独り言のように言った。彼女の前で堂々としていられない自分を情けなく思う。 
 
 「次が最後の一枚」
 三木さんが言った。僕たちは大きな桜の木を選んでその下に並んだ。彼女から渡されたカメラを受け取り、構えた。ふと気がついてそのカメラをよく見ると〝写スンです セピア〟と書いてあった。
 「これ、セピア仕上げになるの? 」
 僕が訊ねると三木さんは頷いた。
 「セピアの方が思い出っぽいかなと思って」
 そう言って、三木さんは顔の横でピースサインをした。少しぎこちなく僕に近づいた彼女からはいつものシャンプーの香りがした。
 彼女の存在をすぐ隣に感じる。今シャッターを押してしまったら、本当に離れてしまう。そう思うとなかなか押せなかった。
 「ちゃんと思い出にしないと」三木さんは言った。
 「僕はまだ三木さんが好きだよ」
 カメラを下ろした。三木さんは首を振った。
 三木さんは僕の手からカメラを取ると最後の一枚を撮った。
 「たぶん現像しないと思う。もうわたしの中では思い出になったから」


 あの日から数年が経った。去っていく三木さんと桜並木は、今ようやく僕の記憶の中でセピア色になりつつある。





#掌編小説



二つの企画に参加させていただきます。

#青ブラ文学部
#セピア色の桜

山根さん、よろしくお願いします✨️
中学生の頃、セピア色の写◯ンですを買ったことがあります。
映したのは楽しい思い出のはずが、現像した写真を見るとなぜか切なくなりました。色の効果ですね°・*:.。.☆


#春の恋バナ祭り

そしてテルテルてる子さん、こんにちは✨
スズムラさんのnoteから企画を知りました。
1000文字で恋愛小説、今のわたしにはなかなか難しかったです。しかも失恋小説になってしまいました😂
よろしくお願いします°・*:.。.☆




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