金マルの元彼の話

皆さんはたばこの銘柄である「Marlboro」をご存知だろうか。読み方はマールボロ、通称マルボロ。
赤と白のパッケージである赤マルが有名だが、ここ近年でiQOSのメンソールとミントがやたら人気になったように思える。大手コンビニチェーンで働いていた経験がある私が言うのだからほぼ間違いない。

このマルボロ、まあ死ぬほど種類が多い。
コンビニならではかもしれないがとにかくガラの悪いヤンキーかジジイしかいなかった。そういう奴は番号で言わず、銘柄とミリ数でタバコを指名してくる。コンビニが人生初めてのバイトで、未成年の学生だから当然吸ったことがある訳もなく、単品とカートンの違いも分からない私。せめて銘柄だけは聞き取れてもレギュラー?メンソール?ソフト?ボックス?なに?と結構致命的な状態で、話が通じない女だなぁと思われたに違いない。当たり前だがそうしてモタモタしていたら客に何度も怒鳴られた。なにしろ人生初めてのバイトなのだから要領も効率も悪くて、番号を聞いても不機嫌になるし、ゆっくり探しても怒られた。喫煙者は肺だけじゃなくて脳みそもやられてるから短気なんだなァと根拠なく決めつけて要領悪い頭の中でそう文句を言って適当にやり過ごした。たばこ全くわかんない人にはコンビニバイトはオススメしない。

コンビニとたばこで思い出すことがある。
元彼だ。中学時代に私が年齢を偽ってまで付き合っていた、大学生の男。黒髪マッシュでピアス付けてて背が高くて、今思えば割と「大学生感満載な」イケてる男だった。
その男とは今の私のバイト先のある駅前の、ちっさいコンビニでいつも待ち合わせていた。9時21時で閉まる、今と比べたら随分田舎の頃からあるそのコンビニは、割とちゃんとした喫煙スペースがあった。吸殻入れがあるのはもちろんのこと、大きめのベンチがあって、中のコンビニのレジでもたばこは買えるのにも関わらず外にもたばこの自販機があって喫煙者大喜びの優遇措置だった。もっと安くて今より喫煙所が沢山ある頃の話ではあるけれど、今も変わらずそのスペースはあって、バイト行く度に誰かがたばこを吸っているのを見かけるし憩いの場なんだと思う。
大学生の元彼も待ち合わせの時はいつもそこでたばこを吸って私を待っていた。私がおはようと声をかけたら「うん」と微笑んでまた吸い続けた。マイペースに焦ることなく、特段話すわけでもなく吸い終わるまで、ベンチの端に座ってぼーっと待つ時間は続いた。喫煙所ではなくて路上の喫煙スペースだから、仕切りなんてなくて嫌でも煙を吸ってしまう。やっぱり最初は臭いと思って彼に少し文句を言っていたけどだんだん慣れてきて、たばこの臭いがしてもどうも思わなくなった。
そして、吸い終わったら彼はさっきまで吸っていた金マルを買った。
マルボロのゴールド・ボックス1つ。
今なら私も舌打ちして番号で言い直すだろうけど私は当時なんにも分かってなかったから黙ってることしか出来なかった。あの時の店員さん、ごめんなさい。 

彼には、当時の私が羨ましいと思うことの全てが揃っていた。
大学に行けるほどの学力と、私好みのかっこいい見た目と、コミュ力。歌が上手くて、バンドをやっていた。
そしてそのバンドに、私もいた。
中学ではちょうどクラスからいじめを受けていた時期でなんにも楽しくなかったけど、そのバンドのために、彼のために頑張った。
でも彼は優しくなかった。
バイトしていたのに、記念日も誕生日もクリスマスもホワイトデーもチロルチョコだけ。女の子の日だから特別に優遇されるなんて夢のまた夢で、機嫌が悪ければバンドの練習さえ無断で休んだ。
バンドはそれぞれの進路があるからと解散したけど、その時に彼ともお別れした、というか普通に「じゃあお前ともこれで」とシンプルに振られた。最後になぜか彼は金マルの空き箱をくれた。「お前は金(マル)吸うなよ」と言って。

いらねえし吸わねーよ、と思った。

けれど心にぽっかり穴が空いてしまったようだった。大切にされているかと言われるとだいぶ難しいレベルにはあったから、この関係が終わるのも当然と言えば当然で、涙は出なかった。
空き箱だから吸えない。
未成年だから買えない。
それでも空き箱を同じように握りしめて、
そっと箱を開けたら君の匂いがして、
悲しい気持ちになった。
付き合っていた時は私が隠れて吸うことをやたら警戒して箱すら触らせて貰えなかった。でも君がバイト代で買って吸ったたばこの箱が手元にあるのに、肝心の叱ってくれる君はいなくて。
合わなかった。ただそれだけで別れるのは中学生ではありふれた話で、それでもその事がずっと悲しかった。もっとこうだったら…と考えられてしまうことがあまりにも多すぎて。

でもその金マルの箱は、高校生の時に直近まで好きだった彼と出会って捨てた。
今、あのバイト先を選んでしまったことは必然なのかもしれない。あの青い古びたベンチと、そこに座って死んだ目でたばこを吸う人を見る度に君を思い出してしまうのだから。


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