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愛知妖怪短編集 ゆるこわ

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記事一覧

愛知妖怪奇譚 嫁の姿を、もう一度

愛知妖怪奇譚 嫁の姿を、もう一度



 女々しくて女々しくてつら過ぎて、僕は一度人生相談をしたことがあるお寺の和尚様を訪ねた。和尚様は子供達とカードバトルをしていたが、檀家の僕の思い詰めた顔を見て、子供を帰してくれた。
「どうなされた」
「嫁が……死にました」
 僕は昨晩、床に落とした上に重い荷物を落下させ無残に壊れた一点物の超限定フィギュアを袋から取り出した。生前、僕の嫁だったものだ。僕が破片を並べ終えるのを和尚様は待っていてく

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愛知妖怪奇譚 亡国の児戯

愛知妖怪奇譚 亡国の児戯



 遊園地に、美しい骨が落ちていた。
 木のバットほどの長さがあり、石膏彫刻のように白くなめらかな線を描き、生きる意志があるかのごとく硬かった。
 廃墟と化した遊園地。夕暮れ、懐旧に捕われ侵入したものの、やはりここにはもう管理者はなかった。行政も放置しているようだ。ただ、管理者があるとすれば――目の前にいる、赤い着物の少女であろうか。金色の髪飾りがチラチラと輝いている。近所の子供であるはずがない

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出雲あやと出雲ふみ、古紙の乱舞に挑む

出雲あやと出雲ふみ、古紙の乱舞に挑む



 開架小学校三年、町の書道教室に通っている娘のふみは、生まれる時代が違えば、空海(くうかい)、橘逸勢(たちばなのはやなり)、嵯峨天皇(さがてんのう)の「三筆」に並ぶほどの人物にだってなれただろう。幼稚園の頃から漢字の覚えは人一倍早くて、書道教室に通うなり飛び抜けた才能を発揮し、文部科学大臣賞を受賞するほどの上級者だった。通っている書道教室でも初めての快挙で、書家の先生が腰を抜かして寝込んでしま

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【後編】後輩書記とセンパイ会計、片足の美女に挑む

【後編】後輩書記とセンパイ会計、片足の美女に挑む

 電話を終えた後、僕はのどが渇いたので、校内の自販機で冷たい飲み物を二本買った。自販機は玄関の靴箱に近くにある。当然だけど、ここにはたくさんの靴や上履きがある。何で靴を片方盗むのか。それはよくわからないまま、生徒会室に戻った。ふみちゃんのはリクエストされた抹茶入り緑茶だ。僕はアミノ酸飲料にした。
 ガラガラと引き戸を開けると、ふみちゃんはふふふっと微笑んだ。
「数井センパイ、その顔を見ると、ずっと

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【前編】後輩書記とセンパイ会計、片足の美女に挑む

【前編】後輩書記とセンパイ会計、片足の美女に挑む



 開架中学二年、生徒会所属、平凡なる会計の僕は――新調したばかりの眼鏡のレンズが忽然と片方なくなったので、仕方なく予備の眼鏡をカバンから取り出した。
 ペアの物が片方消えると動揺するが、僕の周辺ではもっと不思議な現象がたまに突然起こるので、いちいち取り乱したりしない。今日もそうだったのだ。

 九月二日、二学期が始まって最初の週末だった。この夏は猛暑でまだまだ暑くて、半袖のYシャツの背中にじっ

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愛知妖怪奇譚 やろか水、襲来

愛知妖怪奇譚 やろか水、襲来



 畦道を歩いていると、田んぼのほうから誰ともなく「やろか、やろか」と聞いてくる声がする。うっかり「はい」と答えてしまうと、その村に大水が来る。
 そんなのを「やろか水」と言う。
 そして、そんなのが、一人暮らしをする妹のアパートの蛇口に現れた。夜中に妹が一人でいると「やろか、やろか」と聞いてくるそうだ。誰かと一緒にいるときは出ないらしいが、そうそう毎晩友達を呼ぶこともできないし、残念ながら彼氏

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(3)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー

(3)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー

「出雲さん、お清めのご協力をお願いします」
「はい、もちろん。それにしても甘酒地蔵尊は初めて聞きましたが、素敵なお地蔵さんですね。私も娘を連れてお詣りに行ってみたいです」
 この人は何も変わらない。昔と同じ、好奇心と信仰心が入り混じった明るく不思議な性格のままだった。きっと先程見た娘さんも世代を超えて継承していることだろう。
「出雲さん……厄払いは観光ではありませんよ?」
「不二センセイ、知ってま

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(2)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー

(2)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー



玄関に入ると、家人の中年女性とともに、出雲あやも姿を現した。そばに小さい女の子もついてきた。
 出雲は久し振りに会ったが、少し落ち着いた雰囲気になり、昔と変わらず艶やかな真っ直ぐの黒髪で、後ろで白いリボンで一つ結びにしている。女の子は――小学生の低学年くらいだろうか、黒髪を両サイドに分けて白いリボンで二つ結びにしていた。目鼻立ちがよく似ていて、一目見て母娘だとわかった。
「不二先生、お待ちして

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(1)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー

(1)愛知妖怪奇譚 甘酒の災禍 ー不二先生の処方箋ー



 若い女性の奇病を専門として少し名の知れた先生がいた。名は不二という。医者でふじなど縁起でもないが、先生の場合は関係ない。年は三十過ぎと若いのだが、面相は恐ろしく老けている。近所の年寄り達も、冬になると青白さを増す顔色を心配がり、「先生、甘酒でも飲むかい?」と差し入れてくれるほどだ。
 先生の扱う奇病はだいたい怨念が原因である。自分の身に振りかかった災いを相談に来る女性が大半だが、時には知り合

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後輩書記とセンパイ会計、神樹の大猫に挑む

後輩書記とセンパイ会計、神樹の大猫に挑む



 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば「おから先生」とあだ名されるほど、学問に打ち込み豆腐屋からもらったおからで何年も飢えをしのいだと言われる江戸時代の学者、荻生徂徠(おぎゅう・そらい)と学問を語り合うほどの人物にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、お母さんに教わったおからの精進料理のアレンジで「おからレシピコンテスト」で表彰されるほどの上級者だったらしい

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