オットはクソヤローか?それともお釈迦様?|【企画参加】釈迦の化身エピソード
私の日常で唯一、私をイライラさせる人。それは、私の夫です。
イライラ、もやもやを感じた時は、「本当の本当の私」と向き合うチャーーンス!
私は基本的に「原因自分論」を、自分の生き方に採用しています。
夫が〇〇するのが悪い!夫が○○をやめてくれればうまくいくのに!!私はなんも悪くない!というのは、原因他人論。
「そんな○○な夫と一緒にいると決めたのは私自身だよな」と、それを選んでいるのは自分であるということをまず認識する。そのうえで「私はどうしたいのかな?これからどうしていったらいいのかな?」と、自分にできることを考えて行動を選択するのが原因自分論です。
「今」を選んでいるのが「自分なんだ」と捉えることができるだけで、この先どうしていくのかも、自分で決めることができると考えられるようになる。
「原因自分論」は、「全部自分が悪いんだ」と自分責めをする考え方ではけしてないので、興味のある方は両学長さんの動画をぜひ観てみてくださいね。
私は30代前半まで、筋金入りの、バリバリの原因他人論者でした。
うまくいかないのは他人のせい、会社のせい、国のせい。
自分の考えがすべて正しくて、それと違う意見の人は「間違っている」
他人を自分のものさしでジャッジしまくり、私の周りには、それはそれはたくさんの「むかつく人」「むかつくこと」が存在していました。
当然イライラして愚痴ばかりです。とても疲れますし、ストレスいっぱいでした。
そんな私に「モノの捉え方ひとつで世界が180度変わる」と教えてくれたのが、『まんがでわかる7つの習慣』
他人と過去は変えられない。
変えられるのは自分だけ。
自分がどうすることもできないことに心砕くのではなく、自分ができることに意識を集中しよう。
「この人はなぜそんなことを言うのか?するのか?」相手の背景を想像してみよう。
当時の私は「そんなんで世界が変わるわけないだろ!」と思っていましたが、「たしかにそうかもしれない、ふむふむ」と、その瞬間納得できるだけの物語が、漫画として本の中に描かれていました。
これですべての問題が解決できるわけではありませんが、『7つの習慣』で学んだことを自分の生き方に採用することで、私の生きる世界から「むかつく人」「むかつくこと」がかなり消えたことは事実です。
それまでの自分の考え方を変えるのはなかなか難しいことではありましたが、ひたすら練習あるのみです。
小さなことから大きなことまで、誰かに、何かに、イライラモヤモヤを感じるたびに、「すべては自分の内側にある」という「原因自分論」で考える練習をしてきました。
そして今は、多くの物事に対して、周りの人に対して、これが自然にできるようになってきたと思っています。
ただひとり「夫」だけが例外(汗)
いまだに夫にだけは、まったく「原因自分論」で考えられない。
「あなたが〇〇するからダメなのよ!それやめて!直して!!」と、いつもイライラしてしまう。夫を私の思い通りにしようとして、それが叶わなくてイライラする。
「他人は変えられない」とわかっているのに、夫にだけは私好みに「変わる」ことを要求してしまう。
夫は私にとって、これからもずっと向き合い続ける最後の「釈迦」だと思っています💖
今日の記事は、ららみぃたんさんの企画『釈迦の化身』に参加しています。
私はなぜ、夫にだけは変わることを要求してしまうのだろうか?
なぜ「原因自分論」で考えることができないのか?
深く考えることからずっと逃げ続けてきたので、この企画を機会に考えてみました。
たいしたこともない、どうしようもないオチですが、考えたそのままを書いてみたいと思います。
(前書き1900字/4500字)
私の夫は、私と同じように、生き方について考えること学ぶこと大好き人間です。
つまり、いまここに書いてきた「原因自分論」とかモノの視え方、捉え方のようなマニアックな話が、普通に通用します。
そんな夫に、質問を投げかけてみました。
「いまね、釈迦について考えてるんだけど。あなたは唯一、私をこんなにイライラさせる人でしょ。そんな”釈迦”であるあなたから、私は何を学ぶ必要があるのか?このイライラに対してどのように捉えたらいいんだろうか?一生懸命考えてるんだけどね。わからないのよね。他人は変えられないんだから、私が何かを変えないといけないんだろうけど、私がイライラするのはやっぱりあなたが〇〇するからなのよね。どう思う?」
夫はこう答えました。
「おれが〇〇しないようにするためには、ミイコが△△すればいいんだよ」
夫も自分自身が変わろうとするのではなく、自分好みに私に△△するように要求してきます。
〇〇と△△がぶつかり合って、どちらも譲ろうとしないことで、私はずっとイライラし続けています。それはもちろん夫も同じですね。
それはわかってるんだよ。でもどうしても折れることができない。私は悪くない。夫に〇〇を改善してほしい!
○○は多岐にわたるので、私視点での「改善してほしい点」を具体的に夫の前であげていきました。
「ハッ!!!」
夫はその中に、ひとりの釈迦を見つけたようでした。
「なんでKさん(職場の人)は、いつも〇〇なのかなぁ。」と、今までジャッジしていたにも関わらず、自分のなかにも同じ〇〇が存在していたことに気づいてしまったのです。
「Kさんは釈迦だった。オレもKさんと同じだったんだ」
そう気づいて以降、その○○に対して、夫は一生懸命改善しようと練習しています。
夫はこうして「気づき」を得たときに、すぐに非を認めて自ら改善しようとする人です。
それは簡単なことではなく、本当に見習うべき、尊敬できる部分だなぁといつも思っています。
それと比べ、私は夫に対してまったく変わろうとできていません。
私はなぜ夫にだけは「原因自分論」が採用できないんだろう?
なぜ?なぜだ?
いや、「できない」ではなく、しようともしていない。
しようともしていないどころか、よくよく考えてみたら、完全に「したくない。する気がない」と思ってました(笑)
夫にとってのイライラの原因△△を私は変えたくない。
そして夫も、私のイライラの原因○○を変える気がない。(釈迦であるKさんが教えてくれた○○は、ほんの一部分です)
大変申し訳ないのだけど、「原因自分論」なんてガン無視で、私は夫に対してワガママを貫き通したいのです。
私も夫も、ただ単に「家では自分のワガママを通したい」という自然な感情を持っていたに過ぎなかったのか。
夫にイライラしている自分はまだまだ学びが足りていないと、全然ダメじゃんと、「自分と向き合うことから逃げている」と、私は自分をジャッジしまくっていたかもしれない。
「家では自分のワガママを通したい」
そんなことも許せないほどに、イライラは悪だと決めつけて、「原因自分論」におかしな方向で縛られていたことに気づくことができました。
それが、夫の〇〇を許せなかった大きな原因のひとつでした。私は自分にも夫にも「完璧」を求めてしまっていたんだろうな。
問題である○○も△△も、たまに大喧嘩になりますが離婚したいと思うほど大きな問題ではありません。
お互いに直す気がないので、これからも夫婦そろってイライラし続けると思います(笑)
それでも一緒にいたいという気持ちは変わりないんだから、これからもイライラしながら結婚生活を続けていきたいな。
つまりは「折り合いをつける」という、何とも簡単で当たり前のオチに辿り着いてしまいました。
夫(釈迦)は”変わらない自分”で私をイライラさせながら、「変わらなくていい。そのままでいい」と教えてくれていたのかなと思いました。
これは私の勝手な解釈ですが、そう考えるならば、私も夫に対し「あなたも変わらなくていい。そのままでいい」と、そんなふうに思えるような気がしてくるんですよね。
「原因自分論」は、私が常に真ん中に置いている、私の人生を大きく変えてくれた大切な価値観です。
それを「たまにはそこから外れたっていいよ」と、ワガママ言いたいときもあるよねと、それくらいのワガママ受け止めますよと、夫が言ってくれているような気がしました。
まさに「お釈迦様」のようです。感謝しかありません。
夫の〇〇に対し、私がどのように捉え、どんな反応で返すのか?
私はそれを自分で決めることができます。
「いつもイライラさせやがってクソヤロー」と思い続けることもできるし、「お釈迦様、ありがとう」と思うこともできる。
私は、ここで考えたとおり「お釈迦様」を選択したいと思います。
未来は自分で選べる(ある程度)
イライラさせられる夫ですが、これからもずっと一緒にいたいです。
それが私の望む未来であれば、私がここでゲットすべきスイカは「クソヤロー」ではなく「お釈迦様」
ずっと解けないまま頭の中に残っていた宿題が、ようやく解けた気がします。
ららみぃたんさん、ありがとうございました!!
「スイカってなんだ?」と興味を持ってくださる方は、未来から流れてくるスイカの話。
ぜひこちらの記事↓も読んでいただけたらうれしいです。
ららみぃたんさんの企画「釈迦の化身」は、3月18日(土)23時59分まで。
「釈迦」に心当たりのある方は、ぜひ参加してみてください。言葉にして書き出すと、何かが見つかるかもしれません。私もハッシュタグから読みにいかせていただきます!
最後までお読みいただきありがとうございました。
いただいたサポートは、夢の実現のために使わせていただきます 私の夢は 日本全国の学校・図書館に、漫画『宇宙兄弟』を寄贈すること https://note.com/arigatou_happy/n/n4b0d2854718c 一歩一歩かぺる(頑張る)しかない!(2023.3.21)