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青く滲む 「しみ」に極楽浄土を見た



左右対称のインクの「|《し》沁み」を応用した心理テストがある。

図版が何に見えるか、何を想像するか 、表現した内容を分析することで、人の思考過程やその病理を解釈する人格テストである。

実は昔、そのテストを私は受けた。

大学生の時であった。心理学専攻の院生が修士論文や博士論文を執筆するために行う実験の被検者として。

実験に協力すると自身の履修科目の出席日数にポイントが還元される。催眠療法のそれになったこともあった。

今思えば、モラトリアムで不真面目な学生だった(と思う)よく授業をサボった私には手軽で便利な救済システムであった。


 「Shimi(しみ)」といえば 、「書」に向かう際には全紙サイズ(700mm x1360mm)の画仙紙を二枚重ねて書く、というのが 私のやり方である。

そうすると、松煙墨しょうえんぼくにじんで下の紙に濃淡のある青味がかった「しみ」ができる。

しみ2

墨が乾いたら新しい用紙を上に重ねて、また書く。これを何回も繰り返す。

そうすると、「しみ」の上に新しい墨が沁み込んで 新たな「しみ」が重なり生まれてゆく。

この作業には何の作為もなかったが、変わりゆく「しみ」は昨日という日に今日を、そして未知の明日を重ねて出来上がってゆく 私の人生模様のようだなぁと、ある時から思い始めた。

何枚かの「しみ」を床に並べて眺めていた時のことであった。

一枚の濃淡のある墨の重なりが有象うぞうに統合されて、突然私の前にかたちを成して浮かび上がってきた。

しみ3
しみの中に突然浮かび上がってきたものは・・・


左肩の方に僅かに首をかしげて、振り向く観音さんの姿がじわーっと浮かび上がってきたのであった。

私は、目の前の予期せぬ出来事に深い感動を覚え、思わず「おーーーっ」と声をあげてしまった。

それは、長い苦悩の後に、時間が一瞬止まって、切り出されたその断片に明確な「答え」を見つけるような体験であった。

私は大事な「答え」が消えてしまわないうちにと、大急ぎで、線を繋いでいった。


しみ5
大事な「答え」が消えてしまわないうちにと、大急ぎで、線を繋いでいった



この体験は乾いた私の心に大きな安らぎをと潤いを与えてくれた。
私は「しみ」を見つめる作業に没頭した。
秘められた大事な宝物を見つけ出す少年のようなワクワク感と共に。


かたちのないところにかたちあるものを見出す。

それは迷いの世界の向こうに悟りの極楽浄土を探し求める求道者の姿、魂のディシプリン(修練)に似たものであるのかも知れない。

私には山にこもって荒業の末に悟りを開くやり方は到底できないと思う。

しかし、あの日から書き(描き)つらねることが私にとっての求道、祈りの道になるという、虚ろではあるが妙な確信が生まれてきた。

それは、足りない出席日数を実験協力で安易に救われようとした、かつての私とは明らかに違う祈りの姿勢であった。

果たして、私は迷いの世界の果てに 何と出会うのであろう。  
                            (つづく)

しみ6

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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