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【創作】結婚式場の控室で【スナップショット】

おめでとう
 
ありがとう
 
こんな言葉を君に言うことになるとは
 
予想もしていなかった?
 
そうだね
これだけ言ったら
もう退散するよ
 
もう少し人が来るまで時間がある
 
何を言えばいい?
 
何か優しいことを
貴方が昔私に言ってくれたように
 
君にはもう言ってくれる人が
いるじゃないか
 
それは無理ね
 
分かっているのに結婚するのか
 
私には生きることが必要だから
 
愛情よりも金を重視した結婚は
長続きしない
 
そういう意味じゃない
愛ではなく、生きることの問題
私は愛が無くても生きていける
ただ、今の私には安定が必要なの
 
安定なら今の僕でも
与えられると思う
 
きっとそうね
 
なら、君はどうしてあの人を選んだのか
 
私は待てなかったから
多分あの人以上に
私を安定させてくれる人はいないと
そう自分で納得できたのだから
もう順番、それは決まったことなの
 
思い直すことはない?
 
ええ
残念に思う?
 
僕に残念に思ってほしいのか?
 
いいえ
 
多分残念な気持ちはない
ただ、呆然としている
一人で焼け野が原に
取り残された気分だ
 
私はずっとそんな気分だった
 
僕の収入、安定しない生活
こうしたものが
君を不安にさせていたことは
本当に反省している
 
反省なんかしないで
多分そんな生活だったから
一瞬一瞬が輝いていた
人生であんなに毎日を
楽しく思えた日々はなかった
 
でも、それはあくまで
後から思ってのこと
僕たちがその嵐の中に居る時は
そんなことは考えられなかった
 
そう、そういう嵐を味わったから
もう十分と感じられる
この先、笑うこともある
でも、それは以前とは違う
 
君は変わったのか?
 
確かに変わった
私の中の何かは死んでもう戻らない
以前楽しめたものが楽しめなくなる
以前夢中になれたものを冷めた目で見る
そんな人生がやってくる
 
僕はもう味わっている
君がいなくなってから
でも、それでも自分を夢中にさせようと
努力している
その時、傍らに君がいてほしいと
願うこともある
 
私の欠点を受け入れてでも?
 
全て受け入れてでも
 
ありがとう
それは嬉しい言葉
でも、私の中で
もう響かなくなってしまった
あの人が持っている
礼儀、慇懃さ、何も共有しない無関心
この先何年も変わらない生活
暖房の効いた部屋、銀行通帳の残高
こういったものだけが
私の心から不安を取り除いてくれる
尊重はあっても愛がないから
私は落ち着ける
そんな人生を私は選択した
そんな人生を貴方と過ごしたくない
 
だからやり直す気はないのか?
 
そう
だから優しい何かを言って
私の死んだ青春の最後の思い出に
 
ありきたりな言葉だけど
君を愛していた
君以上に僕を幸せにしてくれた人は
いない
 
ありがとう
私もそうだった
貴方以上に私を幸せにしてくれた人は
いない
 
それは本当は嘘なんだろう
 
そう、本当は嘘
貴方もそうなんでしょう
 
そう、こんな言葉は全部嘘
 
よかった
そろそろ人が来るかもね
 
お幸せに
 
貴方も








(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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