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東京アダージョ 「るみこのピストル」

プロット:東京アダージョ 「るみこのピストル」

東京に住んでもう長い。というより、そこから、出たことがないのだ。山手線の内側のごく狭い世界だが、、それでも、たくさんの事象を避けては通れない。もう、昭和は、ずいぶんと過去のことだが、それらが、時間の変遷と共に今の自分に降りかかる。

「るみこのピストル」
ヒトは1人ではみんな寂しいのだ。それにしても、どうあぐねても、不幸を背負った時間の動きは止まらない。

その年の春の桜の散った頃、小学校の放課後、大阪から転校して来たばかりの、るみちゃんが、耳元で言った。
るみ「うちんちのおとうちゃん、まえに、警察官だったんや、うちんちに、ピストルあるんやぁ、見にこうへん。」
ちい「ピ、ピストルって、あの、、ローハイドの」
るみ「うん、そうやぁ」
ちい「行く行く、行くよぉ、で、るみちゃん家、、どこ、」
るみ「いっしょに、帰ろう」
ちい「うん、うん」

るみちゃんの家は、路面電車の駅から、少し路地を入った奥のアパートの1階だった。
日の当たらない、部屋の中は、まっくらで、だれもいない。
ちい「おかあちゃんは?」
るみ「おつとめやぁ」
ちい「とうちゃんは?」
るみ「もう、おらへんの」
ちい「じゃぁ、るみちゃんは、おかあちゃんと2人なの?」
るみ「そうや、、いつもは、こうして、帰りなはるの待っとんやぁ」(笑顔)
ちい「るみちゃん、電気つけてよぉ、暗いじゃん」
るみ「お母ちゃんが、電気代、節約やって言いはって・・」
ちい「そう・・・・・で、ピストル、、見せて」
・・・・・・・・・
深刻な、るみちゃんの顔が、だんだん、近よってきたので、あわてた。

ちい「ピストル、ないんじゃん」
るみ「6時まで、ここにおったら、見せてあげるん、あのねぇ、押し入れの”柳ごおり”にあるんや」
ちい「柳ごおり、だけでも、見せて・・・」

るみ「ねえ、ちいちゃん、わたしこのと、すきぃ」
ちい「うん」
るみ「だったら、もう、けんちゃんと遊ばんといて、、お願いやさかい・・けんちゃんの服はきたないわぁ。」
ちい「ええっ、はやくぅ、ピストル、、見せてよ、おいら、もう、帰る・・・」
るみ「いややぁ、、」
るみ「ちいちゃん、甲州屋(駅前の駄菓子屋)行かへん、、梅ジャムついたウエハース、こうたる」
ちい「うそつき、るみこ、のばか、もう、いやだぁ~~きらいや、うそつき-るみこ、なんか、大きらいやぁ、、、帰る」
・・・・・・・・・
ただ、真っ暗な部屋で、1人で泣いている、るみちゃんが、、
とても、気になり、
やはり、あまりにかわいそうになってきて、道を戻って、
甲州屋(駄菓子屋)で、苺ジャムついたウエハースを買って、
アパートのドアの下から、バタンと、突っ込んで走って逃げた。
・・・・・・・・・

明くる日、小学校から、家に帰ると、るみちゃんが、もう、1人、女の子を連れて来ていた。
堀コタツで、自分の母とお菓子を食べながら、たわいもない話しや勉強をしていたので、ビックリした。
るみ「ちいちゃん、おそかったわねぇ。」
ちい「えっ、なんなんの、、おかあちゃんまで・・・」
もう1人の女の子が帰った後・・・・

るみ「ちいちゃん家、カラーテレビあるんやね、おとうちゃんも、お姉ちゃんもおるし、ええなぁ」
母「るみちゃん、おかあさん、お戻りになられるまで、毎日、、ここにいていいのよ
そしたら、少しは、ちいも、勉強するでしょうからねぇ(笑)」
るみ「ほんとうですかぁ、おばちゃん、ありがとう」
・・・・・・・・・
給食係の、るみちゃんは、いつも、ぼくには、見るからに大きいおかずをくれた、
それが、クラス会で問題なったときも、るみちゃんは、おもっきり泣くので、担任の先生がクラス会をやめて、ドッチボールになったこともあった。
そして、毎日、小学校から、帰るとすでに家にいる・・・、
そして、卒業の最後の日、昼食後にショートケーキがでたが、自分のだけは、2つ苺が乗っていた。
あまりに、わかりやすくて、もう、クラスでみんなに、かわかわれた。
でも、でもだ、1人で、暗い部屋にいるのは、つらいことなんだと、可哀想に思えてならなかった。

その頃、、、東京の街が調整され、別々の区域になり、別々の中学になった、
あまりに、何度も、手紙が、るみちゃんから、着たので、
るみちゃんに、
カセット・テープで、自分の放送(当時のNHK風ニュースから、洋楽、流行歌、コントまで)を入れて、郵便で送った。(カセット・テープで、声の郵送、当時そういうものがあった。ただ、後から考えてみれば、ルミ子の家に、カセット・テープレコーダーがあるかだ・・・)

すると、すぐに、返事が来た。
「クラスのみんなに聞かせたわぁ、みんなおどろいてね・・・でね・・・そしたらね・・」
もう、会う事もないだろうと・・・思った。

「ほんと、もう、もう、いいよ。」

・・・・・
しかし、後から考えてみれば、学校で聞くしかなかったのだ。
・・・・・
それから、何年経っただろう。
自分が、二十歳過ぎた頃、、授業が終わって、いつものバイトに行く途中で、すれ違いざまに、何度も名前を呼ばれた。

繁華街の1つ裏通り、派手な服装の中年の女性は、るみちゃんのお母さんだった。

るみの母「まあ、まあ、ご立派になられて、もう、大学生になりなはったんやねぇ・・」

自分は、もうとっくに、その時代ではなかったが、サイケドリックなカラーのヒッピー風の服装だった。
よくわかったなぁと思いつつ、せめて、もう少しアカデミックな服装でありたかったが、もう、おそい。それより、るみこの母親は、たくさんの人を見てきたのだろう。
あまり、服装に気を止める様子もなく、、、そういう人だった。

ちい「あっ、、ご無沙汰しております、るみ子さんは、お元気ですか」
るみの母「それがやねぇ・・・・・」
るみちゃんの行方が、わからないという。

なんて、世の中、、生まれながらにして、平等じゃないんだろう。
そして、この時ばかりは、いつかは、自分も、本当に立派な人間になろうと思ったものだ。

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