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エディンバラ暮らし|家とお金と、あるイギリス人の庭


20代のフラットメイトや60代の夫婦と一緒に過ごして考えた豊かさの話。

フラットを追い出される

「この家、8月末に退去しなきゃいけなくなった」
7月のある日、イギリス人のフラットメイトが慌てていた。

「え?なんで?」

「元々3人で借りてたんだけど、オーナーとメインで契約を結んでた子がロンドンの家族と暮らすということで、出ていくことになったのね。そしたら残りの私たちも出ていきなさいって」

(補足)イギリスで家を借りるときは、フラットシェアといってひとつの物件を共有するのが一般的なやり方の一つ。いろいろな方式があるけど、台所やバスルームをシェアして、各人の個室(寝室&作業部屋)が別にあるのが王道パターン。

「残れないの?」

「再契約してもいいけど、家賃が上がるって言われた。払えないよ。それでいま、新しいところを大急ぎで探してるんだ」
気に入ってたのに。と萎れて部屋に戻っていった。

私はというと、3人のテナントのうち1人から部屋を2か月の契約で借りていた(又貸しにあたる)。なので、もともと契約満了の7月末に別のフラットに引っ越す予定だった。温かい住処との来たる別れを惜しんでいたけど、一方で他の人たちはまだまだいるだろうと思っていた。まさかこんなに早く、全員ここからいなくなるなんて。

"家賃の高騰で賃貸住宅の生活が「手に届かないもの」になっていることが調査で判明" − The Gardian, 2022/12/1


実際、イギリスの家賃は上がり続けていて、特に若い世代は苦しいという話をよく聞く。

「アイ・ニード・マネー!!」

口癖のようにそう言う20代のフラットメイトは仕事を2つ掛け持ちして、朝から夜まで忙しい。子供たちにダンスを教えているので、帰ってくるときはいつもエネルギー尽きたという顔をしている。どうか彼女に素敵な部屋が見つかりますようにと願った。


エディンバラの事情

渡英したばかりのころ、ロンドンとエディンバラの2つの都市で家探しをした。使ったのはSpareroomというフラットシェアのアプリ。募集している物件にメッセージを送り続け(30件を越えたと思う)、お部屋の内覧まで行き着いたのはたったの5件だ。

ロンドン
①中心街に近いメアリルボーンの部屋、1100£台、
 プライベートのバスルーム付き
②閑静な郊外にあるウィンブルドンの部屋、600£台

エディンバラ
③マーチモントの部屋、900£台、
 プライベートのバスルーム付き
④マーチモントの部屋、600£台
⑤モーニングサイドの部屋、700£台

記載の家賃は一人当たり。全て水光熱費・Wifi・税金込みの賃料である(all bills included)。中には予算を超えるものもあったけど、あまりこだわっている場合ではなかった。

そして最終的に5番目のモーニングサイドの家に決めた。このあと引っ越してもう一つ別の家にも住むことになるが、そこはプライベートのバスルーム付きで800£台だった。当時のレートが180円前後だったので、だいたい月に13〜14万円ちょっと払っていたことになる。

イギリスで家賃が最も高いのはロンドンで、郊外や地方に行くほど下がる。とはいえロンドンから北に500キロ離れたエディンバラもそれほど安くはない印象だった。ただもちろん、場所の利便性や契約期間、物件をシェアする人数にもよる。

"エディンバラが英国内で3番目に生活コストの高い場所に" - Edinburgh Evening News, 2023/4/26

こちらのニュースによると、今年4月には、エディンバラがロンドン・ブリストルに次いで3番目にリビングコストの高い都市になった。これは賃料の高さによるもので、電気代などは他都市に比べてむしろ安いという。


実際、エディンバラに何十年も住んでいる60代の友達が言っていた。

「このあたりは最近、家賃が高くなってるし、部屋不足で借りるのも難しくなってるみたい」

「どうしてですか?」

「短期間だけ住みたいって人がたくさん来るからよ。少し高くして短期で貸し出しても、例えば8月のフェスティバル目当てで来る人が借りていくから、相場が上がってるの」

耳が痛い。私の場合、フェスティバルじゃなくて鳥が目的だったけど、結果として同じことをしている。


いつかは家を持ちたいけど

そういうお年頃なので、「持ち家派?賃貸派?家を買うならどこがいい?」なんて話を友達とよくする。

フラットメイトにも「将来的に家を持ちたいと思う?」と持ちかけてみたら、「欲しいけど、いつお金が貯まることやら」と言っていた。

ラジオを聞いていると、若い人が高い住宅ローン金利やインフレする生活コストのせいで家を買えなくなっているという話が聞こえてくる。

災害が少なく気候が寒冷なイギリスの物件の寿命は長く、内装のリノベーションを繰り返しながら築100年を超えていく。古いものに価値を見出す文化で、「中古=割安」のイメージが強い日本の不動産と異なり、築年数を重ねても価値が落ちにくい。
なのでイギリス人にとって不動産を持つことは、資産形成の意味でも日本以上に重要なのだと思う。

そんな国で持ち家が手の届かない存在になりつつあるというのは、賃料の上昇も相まって、将来の不安をますます煽る状況になっているということだ。

"UK住宅クライシス:なぜ持ち家が手の届かないものになったのか?" - The Gurdian, 2021/3/31
※2021年の少し古い記事。


エッセンシャルワーカーが報われない

手入れの行き届いた庭つきの立派な家を持ち、週一でハウスキーパーの人が来てくれて、きっと従順な犬もいて、週末はテニスをする・・・。
若い世代はともかく、上の世代のイギリス人に対して、私はそんなイメージを持っていた。

何年も前にロンドンでホームステイしていたとき、ホストファミリーだった一家がまさにそういうご家庭だったのと、モーニングサイドでよく挨拶を交わすご近所のマダムが裕福そうな暮らしぶりだったので、勝手にそう思ったのだ。

乏しい事例からのとんだ誤解だった。

イングランド生まれでエディンバラに長く住んでいる60代のご夫婦は、今は持ち家があるけど最近まで賃貸暮らしだったと言う。遠い親戚が亡くなったことで、今の家を相続したのだそうだ。

ケースワーカー(社会福祉職)として生計を立てている彼らは、町中のチャリティショップを巡って学用品を揃えながら子供たちを育て上げたと言っていた。

「ケースワーカーのような、人々の暮らしに絶対に必要な仕事をしている人ほど、生活に余裕がなかったりする。都会にばっかりお金が流れてね」

またしても耳が痛い。私もまた、一日中パソコンの前に座りながら都会の大企業のために働いている一人だ。


あるイギリス人の暮らし

「ここは公営住宅と、賃貸住宅と、持ち家が混在する面白いエリアなのよ」
最近相続したというその家に招かれたとき、お友達の60代夫婦は家の周辺を車でぐるっとまわりながら紹介してくれた。

彼らの家は質素な雰囲気のある小さな家が立ち並ぶ一角にあった。

玄関の前の表庭には、自分たちが住む前から植わっているというバラが咲いている。それを越えて玄関に入ると、2階に続く階段を挟んで右側にはキッチンダイニング。左側には、壁一面が大量の本で埋めつくされている書斎がある。本は床にまで溢れていて、そのほとんどが、植物やガーデニングやアート関係の本である。

階段を上がると右側には湯船のないシャワールーム、左側には寝室があった。照明をつけていなくても各部屋の大きな窓からは柔らかい光が入り、あらゆる場所に置いてある観葉植物は生き生きと葉を伸ばしていた。ことごとく植物を枯らしてしまう私には、ここの植物がどれほど健康なのかがわかる。

そしてその大きな窓からは、生垣に囲まれた裏庭が見える。表庭よりずっと大きく、前の住人が残した花や樹木や庭道具でごちゃごちゃしていた。

裏庭は、1階のキッチンから通じている。これまたごちゃごちゃした土っぽいキッチンダイニングの奥に勝手口があり、そこから出ることができる。

裏庭に出ると、キツネが出迎えてくれた。

「いつも来る3匹のうちの1匹よ。見分けなんてつかないけど。私たちのことなんて気にしちゃいない。私たちも全然気にしない、むしろ彼らの方が先住民なんだから」

砂袋の上が特等席


昔ロンドンでお世話になったホストファミリーは、キツネが嫌いだった。その家にも裏庭があったのだけど、もっと手入れが行き届いていて、キツネはそんな庭を荒らす存在として嫌がられていたのを思い出す。もしかしたら、飼われていた犬と仲が悪かったのかもしれない。

いろんな距離感があるなと思った。


それから夫婦は、自分たちが住む前からあるというブラックベリーの薮に向かい、みずみずしい果実を箱いっぱいにおすそわけしてくれた。

最近育てはじめたというブルーベリーの苗木に、一つだけついている実もいただいた。品種を説明してくれたけどなんだったかな。



ここ一帯の地域は傾斜が多く、夫婦の家の裏庭も少し勾配があった。
「この傾きを利用して水の灌漑システムを作りたいと思ってる。果樹や野菜を植えて、フォレストガーデンみたいにするのが夢なんだ」
夫婦は家のどこよりも、この裏庭が気に入ってるようだった。

二人暮らしの質素な家は、豊かなエネルギーで溢れている。

心の豊かさ、精神の自由

エディンバラで二つ目の家に引っ越すとき、仕事終わりのフラットメイトが新しい家まで車で送ってくれた。
別れ際、「私が家を買ったら泊めてあげるから、これからもエディンバラに家があると思ってね」とハグ。「まあ、いつになるかわからないけどね」
彼女はいつか、ダックスフンドと暮らすのが夢だと語った。

毎日めまぐるしく働きながらも、I need moneyと同じくらいかそれ以上の頻度で l like my jobという彼女の姿が忘れられない。彼女は、ダンスを教えてる子供達からたくさんの花束を貰って帰ってくるような人だ。

「あなたのような温かい力を持った素晴らしい人に出会えてよかった」と伝えたら、照れていた。


豊かさってなんだろうと思う。

ひとつしかないブルーベリーを分けてくれる心だったり、仕事終わりに引越しを手伝ってくれる心のことだろうか。

手付かずの裏庭をフォレストガーデンにするという夢だろうか、いつか家を買ってダックスフンドを飼う夢か。

植物を元気に育てられる力や、教え子たちにThank youと頼られる力もひとつの豊かさと言えるだろう。

経済的な苦境を精神力で乗り越えようという話をしたいわけではない。

豊かさは多面的だ。
その中でお金はとても大事だけど、主役ではない。
たとえ裕福じゃなくても、気に入った家に住めなくなっても、優しい人、希望に満ち溢れた人たちがいる。生きる態度は自分で選べる。

もっと人に親切でありたいと思う。夢を見るエネルギーを持っていたいし、自分ができることで社会と繋がっていたい。そのために学び続けたい。

これ以上に大切なことがあるだろうか?

ちなみにフラットメイトは、無事に同僚が住む家の空いた部屋に引っ越すことが決まったようだ。繋がりに頼れることもまた、豊かさだと思う。





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