僕をいじめてた女子が死んだことを同窓会で知るまでの話

 左手を見るたびに思い出す。雨の音。煙の匂い。遠くで見ている彼女の笑顔。サッカー部の部室はコンクリートが打ちっぱなしで灰色で、男臭い匂いが剥き出しになっていた。6人の筋肉質な、眉毛の細い男たちは笑っていた。僕はそいつらに服を脱がされる。剣道の竹刀が僕の性器をしつこく突いた。竹刀は性器に触れた後、僕の顔の前に近づいた。竹刀を舐めると、彼女は笑った。扉が開いた。光が見えた。
 帰り道に目が合ったから、彼女は霊能者だ。存在していないのと変わらない僕を見つけられる。
「どうしてやり返さないの。」
「どうしてって。」
「だって君、ちっとも楽しくなさそう。」
「何が。」
「ほら。」
「だから、何が。」
「君って面白い人。」
「あいつらに言われて、話しかけてるのか。」
「えー。」
「君はいつも、笑って見ているし。」
「君って呼ばないでよ。ほなみって名前があるんだけど。」
「君だって僕のことを君って呼んだ。」
「うん。」
「跳ね返って来ないのか。」
「正しそうなこと言うね。嫌だったらやめるよ。」
「嫌じゃないけど。」
「知ってる。」
「そろそろ目的を言ってくれ。」
「煙草、熱くなかった?」
「熱いに決まってるだろ。燃えてるんだぞ。」
「見せて。」
 彼女は僕に触れて、ポケットの中の僕の手を無理やり取り出した。
「今も痛い?」
「当たったら痛い。」
「ふーん。触ってもいい?」
「話聞いてた?」
「もちろん。」
「じゃあどうしてそうなるんだ。」
「好奇心ってない?」
「ある。君が僕に話しかける理由を知りたい。これは好奇心。」
「ほなみ。」
「ごめん。」
「あ、ちょっと待って口開けて。」
「普通に嫌だけど。」
「いいから。」
 彼女はカバンの中からチョコを出した。僕はそれを食べた。彼女もチョコを食べた。ゴミは丸めて溝に捨てた。
「いやぁ。難しいことを聞くなぁ。理由って全ての行動になくちゃだめ?」
「多少は必要だと思う。」
「君がやり返さない理由は?」
「より強い力で支配されるから。」
「だったら鍛えればいいじゃん。君が強くなったら、支配の関係性も変わるでしょ。なんで鍛えないの?」
「運動は嫌いだ。」
「痛いのは好きなの?」
「嫌いだよ。」
「どっちが嫌い?」
「痛い方かも。」
「じゃあ運動した方がいいよ。」
「そうかもね。」
「ね、触るのがダメだったらさ、」
 そう言った彼女は僕の手を、彼女の顔の前に近づけた。彼女は僕の傷を舐めた。暖かいと思った。外は熱いのに、なんで暖かいと感じるんだろうと不思議だった。こんなことを考えているのはおかしいということにも気づき始めた。
「見られたらどうするつもりなんだ。」
「ん?じゃあ見られないところに行く?」
「そういう話じゃない。」
「河川敷に行こうよ。」
 彼女が僕の手を握って走った。火傷は触れると痛かった。僕の足も、彼女につられて走っていた。
「ね、あそこ見て。」
「何。」
「ほら。」
 彼女が指差した先には、男女がいた。男はなんだか大きな声を出している。女は泣いているが、たまに大きな声を出す。
「喧嘩してるね。」
「見たまんまのことばっか言ってると頭悪くなっちゃうよ。バイク。寂しそうじゃない?」
 黒いバイクだった。ピカピカしていて大きいバイクだ。
「寂しそうには見えないな。」
「乗ってくれる人いないんだよ。二人は喧嘩に夢中だよ?私だったら寂しいな。」
「そうかな。」
「私たちが乗っちゃった方が良くない?」
「いやいや。」
「ね。早く行ってよ。」
「なんで僕が。」
「男の子でしょ。」
「関係ある?」
「ある。」
「いや無理。ほんとに。」
「あ、私の彼氏のお兄ちゃん。あっち。仲良いからさー、許してくれるよ。」
「絶対嘘でしょ。」
「バレるの早いなぁ。つまんない。ほらほら、早く。」
 大きな声を出す男女も驚くほど、僕は大きな声を出してバイクに向かって走ったら転んだ。おでこから血が噴き出て、ああ、血がおしっこみたいだなと思った。頭から出る赤いおしっこは彼らを逃げさせて、バイクを盗むことに成功した。彼女は後ろに乗ってお腹に腕を回した。
「行きますか。」
「レッツゴー。」
 ハンドルを捻ったら進み始めた。景色が加速して、バイクに乗っている実感が湧いた。
「このままさ、街を抜け出してよ。」
「河川敷まででしょ。」
「もっとスピード出して。」
「危ないよ。」
「知ってる。」
 そこから先は喋らなかった。河川敷に到着して、彼女はバイクを降りた。
「外は熱いね。」
「そうだね。」
「こんなに熱いならさ、明日世界が終わっても不思議じゃないね。」
「終わればいいのにって思うよ。」
 彼女の前髪が乱れているのは、僕がバイクを走らせたせいであってほしかった。唇が乾いた。
「やっぱり?」
「うん。」
「終わりはさ、誰かへの呪いだもんね。」
「どういう意味?」
「変えられるのが怖いってこと。いつか分かるよ。」
 川は僕たちをシンプルにする。彼女が見つめる方を見る。水が流れている。暗い水だった。暗闇は、隠し事に向いている。
「君の名前に夏が入っているせいで私は、夏が来るたびに君のことを思い出してしまうね。」
 盗んだバイクで彼女と河川敷まで走ったのも、そこでセックスをしたのも彼女の彼氏にはバレた。彼女が話したらしい。僕は骨が折れるまで殴られて入院した。何針も縫った。彼女は3日に一回は病院に来て、僕にキスをした。
 終わらなかったね。彼女が言った。死ぬ時は彼女と一緒がいいと思った。
 だからどうか、僕より先に死なないで。

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