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アジアビジネス入門64「ピースフルスクール<北の聖地>」@地域再生を考える(3)

対立から話し合いでの解決を学ぶ

 イスラエルによるガザ空爆、ロシアによるウクライナ進攻・・・。被害を受けた子どもたちが泣き叫び、笑顔と程遠い表情がテレビ画面に映し出されるたびに胸が締め付けられる。

 そんな戦火を交え分断する世界がメディア空間で日常化する中、幼児期の子どもを対象にするピースフルスクールプログラム(PSP)のレッスンを見る機会があった。

 「ピースフルってどんな状態?」。

 「それはニコニコした顔になることだよ」。

 北海道湧別町の町営の幼児教育保育施設で保育士は年長組の子どもにこう語りかけた。

 保育士はサルとトラのパペット(指人形)を使いながら、「けんかをした時、どのように仲直りすればいいのかな」と問いかけ、子どもたちは意見の違いから対立が起きることを知り、どのように解決すればいいのかをレッスンする。赤色の帽子(けんか)、青色の帽子(相手の言いなり)、黄色の帽子(話し合い)が用意され、3種類の対応方法があることを帽子の色で確認しながら、対立から、けんかをしたり、相手の言いなりになるのではなく、話し合いで解決することの大切さを学ぶ。

オランダで開発されたシティズンシップ教育

 ピースフルスクールプログラム(PSP)は、世界一子どもが幸せな国・オランダで開発されたシティズンシップ教育で、6つのユニットと26のレッスンで構成されている。1990年代、いじめや子どもの問題行動が増加し、対処療法ではなく根源的なアプローチとして開発され、現在は、オランダ全土の約1,000校(全体の約15%)で採用されている。

 日本には一般社団法人21世紀学び研究所代表理事の熊平美香さんによって導入された。湧別町の幼児教育保育施設には5年前に導入され、熊平さんが動画で撮られたレッスンを確認してフィードバックしたり、現地にも足を運んで保育士や保護者らを対象にワークショップを開催して定着を図ってきた。

「いやな時は『やめて』と言おう」

 熊平さんは湧別町のワークショップで「真の民主性はコンフリクト(対立)に基づく。意見が違っても友達でいてよい」と述べる。そして、「対立は悪いことではありません。多様な人々が共生する社会では、対立が起きるのが自然です。民主的な社会を実現する人は、対立を話し合いによって解決します」と強調する。

 26のレッスンでは、まず「自分の意見を持とう」「いやな時は『やめて』と言おう」と自立(主体性)することの大切さを学ぶ。いじめなど教育現場の現実を見るにつけ、いやな時は「やめて」ときちんと言うことは生きるうえで極めて重要な振る舞いだと思う。

 日本は<和をもって貴しとなす>の文化が底流にあり、きちんと意見を言わずに黙認しがちだ。日本的な感覚に慣れているためか、けんかをする前の状態を「コンフリクト(対立)」と表現するのはきついのではないかと思い、熊平さんに「ディファレンス(相違)ではだめでしょうか」と尋ねてみて、すぐに自ら「相違では状態を表しているにすぎず、次にアクションを起こす言葉としては弱い」と思い直した次第だ。

オランダの7大学が世界のトップ100入り

 歴史を振り返れば、ピースフルスクールプログラム(PSP)を生み出したオランダは宗主国スペインとの間で1568年にオランダ独立戦争が勃発し、八十年戦争の末、1648年のヴェストファーレン条約でやっと独立を承認された。独立を勝ち取ったオランダは<良き市民>による国づくりをするため、人がより善く生きることを学ぶリベラルアーツ(一般教養)をベースにしたシティズンシップ教育を重視してきたと言われる。

 英国の教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション世界大学ランキング2021によると、オランダの7つの大学が世界のトップ100大学にランクインし、東大と京大の2大学しかランクインしていない日本よりも上位にある。オランダの大学の教育水準が高いのは子どもの頃からのリベラルアーツ教育が土台にあるからとみられている。こうして見ると、PSPがオランダで開発された理由も頷(うなず)ける。

PSPの聖地巡礼スポットに

 一方、湧別町の5年にわたるピースフルスクールプログラム(PSP)の取り組みは「先生の学校」が発行する雑誌『HOPE』で紹介され、一部の教育関係者の間では有名だ。実際、京都市の立命館小学校の教諭3人が湧別町のPSPの取り組みに関心を持ち、レッスンの様子を視察にきた。立命館小学校では探求的な学びのプログラムとしてPSPの導入を目指しているという。

 熊平さんは先進的な取り組みをする湧別町を<PSPの聖地>と認定している。何よりも町内全ての幼児教育保育施設でPSPの定着を図り、町民にPSPの意義が理解され、内外からPSPの聖地巡礼スポットとして注目されることを願っている。


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