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好きな映画レビュー第8回目『百円の恋』

「もうすぐこの映画も終わる
こんなあたしのことは忘れてね
これから始まる毎日は 映画になんかならなくても
普通の毎日でいいから」


この映画の主題歌、クリープハイプの「百八円の恋」という曲の歌詞です。が、いや、忘れられるはずがないですよね。この映画。
映画になんかならなくても、普通の毎日でいいから。
そうでしょう。きっとそうなんでしょう。そうなりたかった物語がこの映画なのでしょう。


『百円の恋』



32歳の一子(安藤サクラ)は実家に引きこもり、自堕落な日々を送っていた。ある日、離婚し実家に戻ってきていた妹の二三子と言い合いをし、ヤケになって家を出、一人暮らしを始める。一子がこれまで夜な夜な買い食いをしていた百円ショップで深夜労働にありつくが、そこは底辺の人間たちの巣窟だった。問題を抱えた店員たちとの生活を送る一子は、帰りに道にあるボクシングジムで、一人ストイックに練習するボクサー・狩野(新井浩文)を覗き見することが唯一の楽しみとなっていた。
ある夜、狩野が百円ショップに客として入ってくる。狩野が商品を忘れたことをきっかけに2人は距離を縮めていく。なんとなく一緒に住み始め、体を重ねるうちに、一子のなかで何かが変わり始める。


安藤サクラ!!

思わず叫んでしまうくらいに安藤サクラがすごいの一言の映画。
公開当時から様々な賞を受賞していたみたいでしたがよく知らず、私のきっかけは5、6年前、YouTubeで「映画の予告動画をひたすら巡る」というよくわからない孤独なエンタメを楽しんでいたときです。完全に予告で心を掴まれ観ました。
(余談。この百円の恋の予告ではないのですが、予告の時点でネタバレというよりもう完結しちゃってる予告というのがこの世には存在するんですね…失敗作だったんだろうか…。衝撃だった。)



このクリープハイプの主題歌が持つ疾走感をバックに勢いのある予告で当時とても気に入りました。
この予告だけを観ると、ちょっと爽やかさがあると思うのです。爽快で、一気に駆け上がっていって、人生を変えて一挙逆転を成し遂げる感動を味わえる映画のような印象を受けたように私は思いました。

結論から言うと予告を観て受けた印象と、本編は少し違いました。
でもこの違いが、私の中では自分でも少し驚くくらいに良いものとして印象付けられています。

劇中ではとにかく、安藤サクラがすごい。本当に。兎にも角にも安藤サクラ。何だか標語みたいになってしまいましたけど。
序盤の自堕落一子、予告でもチラッと映っていますが、少し猫背であぐらをかいて座る一子の後ろ姿、そのお腹まわりのぜい肉。
ぽっちゃりとした二の腕。ダブついたあご周り。
太った経験があって、自分の体型に少しでも悩んだりコンプレックスを感じたことのある女性は、「う、見覚えがある・・・」と思ってしまうだろうリアルさ。太ると本当にああなる・・・。
このリアルで正真正銘体当たりの演技、自らの人生へのフラストレーションをボクシングにぶつけて、体型含めメキメキと変化していく様の表現、本当の意味で全身を使って表現していることにこちらも全身全霊で心を掴まれるものがあります。
これを観たことをきっかけに安藤サクラさんは私の中で大好きな女優さんになりました。

あとから、ネットか何かでこの映画のインタビューを見つけ、その中で安藤サクラさんは「”ああ、女優さんがボクサーの役をやっているんだな”と思われたくなかった」と言っていました。


「予告の印象と本編が少し違う」と思ったのは、本編は、予告から感じられるようなちょっと爽やかっぽい印象は全然受けなかったからです。
もっと重たくて、全体的に鬱屈としていて、何もかもうまくいかず、そんな簡単に現実変わらず、劇中しばらく淀んでいる印象を感じました。途中はもう目を覆いたくなるような場面すらある。
でも、こういう劇的になんて変わらない感じがうそっぽくなくて私にとってはプラスでした。
人生劇的に変わって一気に逆転勝利のようなことって、そうそう起きない。
そういうなかなか変わることができない毎日と自分の境遇の中で、それでもどうにか自分で何かを踏み出したら、そのうちひとつかふたつ、頼りない灯りがうっすらと灯っていく感じ、思った通りでないラストにはむしろふっと余計な力が抜けて希望が湧いてくるような気持ちになりました。

あれだけ全力で臨んだのに、頑張ったのに、思ったように変わってない。そういうのが痛いくらいに実感できて物語が迫ってくる。
これで下手に完全勝利して、見事に人生が良い方向へと変わっていたら(それももちろん元気になれる物語ですが)、この映画の魅力はなかったのではないかと思います。

再起をかける、悔しさをぶつける、変えてやると怒りに似たエネルギーで人生に立ち向かう。でも、本当に、そんなに簡単に人生や自分って変わらない。(変えられる方もいるのでしょうが。)

そういう中でも、自分で何かやったことが本当に少しずつ、納得がいかないくらいに少しずつだけど小さな波を起こしていく。
小さくても変わっていく。
自分の中でそれがわかって、自分で変えることができた部分を実感できて、自分の人生を見る時の印象が変わった時に、本当の希望が芽生えてくるのではないか。
そういう希望をくれる物語だと思いました。



ところで、この狩野がクズすぎて面白いです。
一子を誘った理由に、「断られなさそうだったから」と答えるのはいっそ清々しいほどのクズを感じる。すごい。
あと、「まじっすか」しか言わない店員に笑いました。よく聞くとシチュエーションで違う「まじっすか」のトーンに役者を感じる。もしこの映画に出演するとしたらこのまじっすか店員の役に挑戦してみたい。

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