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忘却の1行「十角館の殺人」

※小説・ドラマの内容に触れています。

フランスのアパルトマンの部屋には、前の住人(日本人)が置いていったものがいくつかあった。
ネジが壊れて3本脚になった炬燵や、炊けてもスイッチが自動的に切れず保温機能も効かない炊飯器、使いかけの調味料など。
どれもありがたく使わせてもらった。

扉が壊れてきちんと閉まらないキャビネットには何冊かの日本語の文庫本もあって、渡仏してすぐに日本の活字に飢えた私は、自分だったら選ばないだろうというものにも飛びついた。

その中に島田荘司の「占星術殺人事件」があった。
小説でもドラマでも「〇〇殺人事件」というタイトルが好みじゃない。
失礼を承知で「芸」がないと思う。
昔、佐野洋だったかインタビューかエッセイで同じように書いていて、以降内田康夫がタイトルの付け方を変えたような印象がある。

小学生のころからの推理小説好きだが、好みは昭和のおじさんっぽかった。
流行っていた赤川次郎は苦手で、松本清張や鮎川哲也を好んだ。
ちょっとおどろおどろしいのは高木彬光で、うんと猟奇的なのを我慢すると横溝正史に行き着く。
前述の佐野洋も割と読んだ。

どちらかというと、個性的な名探偵が活躍するより実直な刑事が靴底をすり減らして捜査する雰囲気のほうが好きだった。
「犬神家の一族」より「砂の器」だ。

「〇〇殺人事件」に加えて「占星術」ときてる。
星空やギリシャ・ローマ神話の星座は好きだが、占いとなると途端にうさん臭さを感じて敬遠したくなってしまう。
根拠不明の占いより、言葉や仕草から心理を読むほうがずっと信憑性がある。
同年代の女子と話を合わせるのはちょっと面倒だった。

普段なら手に取ることもないその本を読もうと思ったのは、ほかに読むものがなかったから。
なんでもいいから日本語で書かれたものを読みたかった。
もちろん、ネットがある時代じゃない。

そうして、結果的に3回か4回は読んだ。
もっとかもしれない。
それが島田荘司という名を知った初めだ。
パリの日本書店で、定価の3倍の金額を払って「異邦の騎士」を買った。
むろん、古本で、「占星術殺人事件」の主人公である御手洗潔と相棒の石岡和己が巻き込まれる最初の事件を描いたもの。
そっちは、さらに何度も読んだ。

そして、物語に登場するチック・コリアの「浪漫の騎士」のカセットテープを買った。
CDプレーヤーはなかったし、買うお金も惜しかったから。

帰国するとき、本はそのまま置いてきた。
次にここに住む人にも読んでほしいと思った。
それで、日本であらためてこれらを定価で買った。
そのあと、取り憑かれたように島田の著書を読み漁った。
ある一時期までは。

さて。
ようやく本題の「十角館の殺人」だ。
綾辻行人は当時の「新本格」の旗手ということだったが、私には「新本格」の定義はわからない。
ただ帯に「島田荘司氏絶賛」と書いてあったのはよく覚えている。
だから買ったのだ。
綾辻氏も島田ファンらしく、探偵の名は島田潔となっている。

huluでドラマ化するというので、再加入した。
小説と同じように、ここにも「衝撃の1行」という宣伝文句が登場する。
ところが。

私は、あろうことかその「衝撃の1行」が思い出せないのだ。
なんたるちあ!
老化もついにここまで来たか。

いいではないか。
未読としてドラマの展開に心躍らせよう。

「ふてほど」のドラマ同様、時代設定が1986年。
いま1986年ブームなのか?
しかし、物語的にそうでないと成立しない。
ネットやスマホがあっちゃならんのだ。
いわゆる新本格の定番である「嵐の山荘の惨劇」(外との情報が隔絶された世界)が台無しになる。

黒のダイヤルやプッシュ型の固定電話やファスナーで開閉する衣装ケース、丸い灯油のストーブ、学生の部屋も障子、そして登場する美人お嬢様キャラは聖子ちゃんカットだ。
男子学生の洗面所には、白黒の千鳥格子のアフターシェーブローションみたいなのが置いてある。
そして、老若男女問わず、みんなやたらと煙草を吸う。

私は鉄道研究会だった(すぐやめた)。
ミス研の部室は当時の大学の部室にしては広くてきれいすぎない?と思ったけれど、昭和の小道具に感嘆しているうちに、5人の登場人物たちが孤島に向かう。
大学のミステリー研究会の合宿だ。

そして、島に先に着いていた一人と合流する。
ここで、私の記憶喪失は瞬時に回復。
そうなの。
先に着いていたヤツが一番怪しいじゃんと、小説のときも思ったんだった。
活字ではなく映像化すると、他のメンバーとは撮り方の差が歴然。
いつも後ろのほうにいるし、あまりセリフもないし、何より映像がボケている。
ほかのメンバーの個性は際立つのに、1人だけわざと注目を集めない仕立てになっている。
探偵側が3人というのも収まりが悪い。
二人が探偵で、誰か一人は犯人である可能性が高い。

そうだった。
だから。
小説のときも「衝撃の1行」にさほど衝撃を感じなかったことも思い出した。

ドラマは小説よりはるかにわかりやすい。
「江南」という活字で読むより「コナン」と人間が発音するほうが違いに気づきやすい。
「コナン」と呼んだあとで、隣にいる「モリス」と呼べば、多くの人はそれがルブランだと感じてしまうだろう。

舞台は大分県だが、土地の言葉を話すのはちょっとしたシーンの漁師くらいしかいない。
学生らが暮らすところは「街」であり住宅地であり、絶海の孤島とボートで行き来できる印象を持たせないようになっている。
映像では活字より「本土」と「島」との2か所の差を際立たせている。

復讐の動機というより、その前の男女の愛の違いに、若いころの私はピンとこなかった。
女を独占したい男の愛は、彼女と二人で過ごす時間を秘密にすることで非日常になる。
女は、男との関係を公にして誰からも祝福されることで、日常にしたいのだ。

いまあらためてドラマを見ると、昔よりはそこのところに合点がいく。
とはいえ、小説もドラマも「衝撃の1行」で終わってほしかったと思う。
あとの説明回は、伏線の回収というより答え合わせ。
これ、要る?

小説を読んでから、私は「島田荘司氏絶賛」という帯を信じなくなった。
けれど、その後もこの「館」シリーズを続けて読んでいる。
そして、どれがどういう話だったか、やっぱり憶えていない。


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