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あらゆる所有というものはすでに同時に束縛を意味するものである。

書誌情報
シュテファン・ツヴァイク著、原田義人訳『昨日の世界Ⅱ』みすず書房、1999年.

今回は、前回のツヴァイクの自伝の続きである。

概要

第一次世界大戦中、ツヴァイクは平和のための連帯を呼びかけるが、独仏文化人の協力を得られず実現しなかった。しかし、戦場の近くに行く機会を得たツヴァイクは、そこでリアルな戦争の悲惨さを目の当たりにして、実際に見たものと新聞報道の間に乖離があると感じる。そのため、戦争そのものに反対することを決意するのである。

開戦から2年も経つと、各国とも厭戦気分が広まっていく。そうしたなか、ツヴァイクは中立国スイスを訪問する機会を得る。スイスでは、「敵」である人たちとも交流し、新しい友情を築くことができた。スイスは言論統制がないため、戦争に関しても自由に発言することができたのである。そのため、各国の人々が昼夜を問わず、議論を展開していた。

戦争終結後、ツヴァイクはオーストリアに戻る。故郷の苦難に立ち会うべきという義務感によるものである。オーストリアなどでは経済の混乱等により、金の価値が失われていた。その代わりに、仕事や芸術といったものの価値が高く評価されるようになった。こうした考え方の転換が、伝統墨守の街ウィーンに、伝統の放棄という新しいトレンドをもたらした。

オーストリアは、ツヴァイクの予想に反して順調に復興していった。そのため、ツヴァイクは再び外国へと足を運ぶようになる。しかし、そこで新たな火種になりうるものを目撃することになる。イタリアでファシズムというものが生まれ、その影響力が徐々に広まってきていること、ロシアでは自由が制限され、人々は監視下に置かれていることなどである。

またヒトラーへの指示も急速に拡大していった。国際社会は彼の所業を一時的なものと見なそうとしたが、ヒトラーの影響力は拡大し続けた。ヒトラーが反ユダヤ的な政策を展開したことで、ツヴァイクの友人・知人は彼と距離を取るようになった。また、ツヴァイクの自宅で家宅捜索が行われたことを受け、ツヴァイクはオーストリアを完全に離れることを決めた。

ツヴァイクはイギリス腰を据えた。スペイン内戦を受け、ツヴァイクは次の世界大戦が起こる可能性を考える。状況は徐々に悪化していくが、ウィーンの人たちなどは今後も平和が続くと考え、ツヴァイクの警告は鼻であしらった。

1939年、第二次世界大戦が勃発する。オーストリア人であるツヴァイクは、イギリスでは「敵国人」として扱われるだろうということを予期して、本書は幕を閉じる。

人は変わらない

本書は、世界大戦が始まる直前のヨーロッパの人々が、自らが置かれている状況をどのように捉えていたのかを鮮やかに描き出している。そこで明らかになるのは、人は今の状況がさらに悪いものになることを考えようとはしないということである。第一次世界大戦の直前、戦争はなんとか回避されるだろうと人々は考えていた。しかし、戦争を避けることはできなかった。

第二次世界大戦でも、戦争は回避されるだろう、ミュンヘン会談で上手く交渉がまとまるだろう、といった楽観的な判断を下した。しかし、第一次世界大戦を上回る規模の戦争が起こった。本書を読む限りでは、ツヴァイクのように世界大戦が起こる可能性を考えた人物は少なく、そうした考えに理解を示した人物も少なかったといえる。

大抵の人間は、現在の安全・安定な生活を脅かされたくない。また、今の状況が今後も続いてほしいと思っている。それゆえに、そのような期待・願望を抱いているからこそ、実際に起きている状況への判断を誤ってしまうのだろう。重大な局面で、判断を誤らないための手段の一つが、過去の出来事とその経緯を知るということが挙げられるのではないかと思う。


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